小説

『レーヴレアリテ』柿沼雅美(太宰治『フォスフォレッスセンス』)

 彼女とは水族館にも行くし、先週は映画にも行った。2人がずっと見続けていたドラマの待ちに待った映画化で、妻の死の真相を追っていくうちに警察の闇にたどり着き、テロや襲撃事件に内部の人物が次々に関わっていることを知り、妻を死に追いやった人物を探し出す、というものだった。映画のあと、僕と絵理香は肉料理を食べながら、絶対映画も続きが出てくるよね、と言い合った。
 スマホがブブブブブブと小刻みに動き、見ると、オフィスを出る予定を知らせていた。僕は、クライアントの担当者から来た、WEB年賀状評判楽しみですね、というメールに、またデザインで何かあれば是非ご相談ください、と返事を書いた。
 営業らしきスーツ姿のサラリーマンの隣を歩くようにして地下鉄に向かう。階段を降りながら、地下鉄に吸い込まれるような冷たい風に背中を押され、六本木を目指した。
 ベビーカーをひいた若い女性や、サラリーマン、何をやっているのか分からないような人が混じりあっていて、自分が何者でも当たり前にそこに存在できるのが都会のいいところかもしれない。
 8番出口ではすでに絵理香が待っていた。僕に気が付くと、小さく右手をあげて微笑んだ。珍しくスカートを履いて、オフホワイト手袋をしている。
 僕は早足で絵理香のもとへ行って、待った? と聞いた。絵理香は、ううん、今来たとこ、と言って腕を僕の左ひじのあたりに絡めた。巻いていたマフラーの端が後ろにいっちゃってる、と言いながら、僕は絵理香のマフラーを巻きなおした。
 ごはん予約してないんだけど、と言う僕に、お店は腐るほどあるもん大丈夫でしょ、と言ってくれる絵理香が好きだと思った。
 人が多いね、と言い合いながらも、芝生広場に着くと、僕らだけの世界が出来たような感覚がした。
 ついこの間来たときには短く刈られた芝生が緑一色にだだっ広いだけだったのに、今は、ホワイトブルーの海だ。一色じゃない。ブルーでも微妙にトーンを変えていて、真っ白い電飾が一面のブルーにコンパスで線を描いたように丸く光っている。
 宇宙に浮いているみたいだ。と僕が言うと。宇宙に散らばった星座を白い光がつなげてるんだね、と絵理香が隣で笑った。僕たちはその宇宙のイルミネーションの中を並んで歩いた。土星が見えてきて、ゆっくり土星の輪の上を落ちないように歩いた。僕らは、どこまでも続きそうな星の海の中にいた。

 星の途切れた闇へ足を踏み外した感覚で目が覚めた。僕は布団の中から壁に目を向けると、朝の10時をまわったところだった。起き上がってカーテンを開け、習慣化して無意識にパソコンの電源をつけた。

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