「原始感情の発生原因を排除するのですから正しい政策と言えます。博士は、この政策に問題があるとお考えなのでしょうか」
博士の研究目的が反政府的であるという疑いもあり、そのため充分な予算もつけられていないことをジェシーは知っていた。今回ジェシーがこの研究室に配属されるにあたり、このプロジェクトの状況をつぶさに国家管理局に報告するように言われていた。
この質問には答えず博士が聞いた。
「これも研究上での質問ですが、ジェシーさんは両親に会いたい、または婚約者に特別な感情を持つということがありますか」
「原始感情が私にあるかという質問でしょうか。ということであれば、そうした感情を持ったことはありません」
「そうですか」と言って、博士は天井を長いあいだ見ていた。
*地球*
見目麗しい娘がいるとても裕福な家族が来たという話は一気に都に広がりました。毎日毎日、多くの若者がかぐや姫をのぞき見に来ては恋に落ちました。求婚する若者も後を絶ちません。翁と媼はその中でも人柄も家柄もよい三人の貴公子を夫候補として選びました。そしてかぐや姫との結婚条件をこの三人に言いました。それはかぐや姫から喜怒哀楽の感情を引き出すことができた者が妻にすることができるというものでした。貴公子達は国中から軽業・曲芸、奇術、幻術、人形まわしの多くの芸人を集めました。その中のよりすぐりの芸人を貴公子が順番にかぐや姫に披露することになりました。この”求婚の儀式”は三日三晩翁の屋敷で行われました。翁の計らいで、都の誰もが屋敷に入りこの儀式を見学することができました。最初の貴公子が披露したのは軽業師です。大男三人が支える板の上で、端正な少女のような顔立ちをした少年が宙を舞います。宙高く舞う少年に屋敷中驚きの歓声に包み込まれました。二人目の貴公子は幻術師です。幻術師が出し続ける恐ろしい影はまるで生き物のように屋敷中を走り回りました。それを見ていた子供達は泣き出しました。最後の貴公子は滑稽踊りの芸人を披露しました。人間と人形が入り混じる滑稽踊りに屋敷は笑い声で一杯になりました。三人の貴公子に選ばれなかった芸人達は、屋敷の周りで好き好きに芸を披露しました。屋台も出て花火も打ち上げられ、一足早い夏祭りの賑になりました。かぐや姫は休む暇もなく共感し続けました。しかし、いくら共感してもかぐや姫自身が感じることはありませんでした。
結局、貴公子は誰もかぐや姫を妻とすることはできませんでした。