「おやおや、成長速度が落ちてますよ。え？どうしたのかなぁ。見える？この両手に取り付けられたるはさみ。これを僕は毎日磨いていたのだが、そうか、あんたを切断する為に磨いていたのだな。はーい、切りますよー」
「ちょっと待ってちょっとまって！今。今、今から凄く伸びるから直ぐに」
「急げっつてんだろ。腹が減ってんだよ、こっちはよぉ」
「うぐぅぅぅ」
特別である自分に蟹ずれに脅されて屈しなければいけない自分が柿の種は情け無かった。悔しかった。屈辱だった。蟹、殺す。と思った。そんな思いの篭った低い叫びをあげて遂に柿の木になった。
「ど、どうよ」
「いいじゃねぇか。立派になったじゃねぇか。さ、柿は何処だ？ん？おいおい。何て高い所に実らしているんだよ。これじゃ採れないよ。参ったぁ。僕ちゃん参っちゃったなぁ」
と、蟹ははさみをカチカチ鳴らしながら、柿の木を見てにやにやしていた。つまり、自分の採りやすい用に図れと遠回しに柿の木に言っているのである。僕様の言おうとする事をもう何を云わずとも察しろよな。という態度である。
しかし、これにはもう柿の木は何ら反応を見せない。うんともすんとも言わない。何故か。柿の木と成った今、蟹のはさみなど取るに足らない存在だからである。
しかし業を煮やして腹ペコの蟹は言った。
「おいおい。柿の木さんよぉ。木になったらいきなりだんまりかい？何とか言いなよ。僕に柿をたらふく食わせてくれるんだろ？え？切られてぇのかよ」
「ふん。切れるものなら切ってみなさいよ。そんなはさみでこの木と化した私様を切れると思ってるの？はっ。笑う。お前のせいで私の青春は一瞬だったわ。もっとゆったりと優雅に過ごしたかったのに。気持ちいい風と景色の変化を楽しみたかったのに」
「お？言うじゃねぇか。確かに僕様も木になったあんたを切る事が出来ないと薄々は気付いていたが、試しに言ってみただけさ。でもよ、僕様が居なければあんたは猿公に食われていたんだろ？な？命の恩人だよ。だから、ほれ、柿を食わせろ。あーん。しろ」
「バカが。お前に遣る柿は無い。失せな」
柿の木は実さえ食べさせる事が出来れば、蟹を自由に操る事が出来、自殺させる事も出来るのだったが、それをしないのは蟹の言うとおりにしたという既成事実が出来てしまうのが嫌だったのと、自分から生った物を蟹に食べさせるなど汚らわしい事に思えた。