小説

『柿の世界征服』相田想(『猿蟹合戦』)

 「うきぃぃぃ」
 「や、野郎。渋柿投げてきゃあがった。ふざけやがって。しかし僕様の蟹走りを見よ。見事避けてみせる」
 蟹はそう言って横に逃げた。が、柿は変化が加わり柿の顔面に命中した。
 瞬間、蟹は石に衝突したような衝撃を受けて目の前が真っ暗になり倒れた。
 どうして猿がこんな非道な真似をしたのであろうか。
 そう、柿を食べた為、柿の木に操られているのである。
 蟹の凹んだ顔面を見て柿の木は思った。ああ、なんて気分が良いんだろう?あの腐れ蟹野郎の顔面、いい凹み具合。思い知ったか、蟹。あはははははははは。
 蟹は漸く立ち上がり、「覚えてやがれ。糞猿」と叫んで蟹走りで去っていった。柿の仕業とは知らず。

 猿は柿に操られ柿の木に言われるがまま、剪定するなどして過ごした。
 柿の木は、この猿公を使い早く全土に私の支配を広めたいという気持ちはある。けれど洗脳する道具だとしても、私は美味しい柿を食べて貰いたい。ベストな状態の物を提供したいのよ。これが食物を生成するものの意思と知れ。 
 などと思い、その時期が来るのを景色を眺めたり、風を気持ちよく感じたりして過ごしたかったが、季節は冬。景色はなんだかもの悲しく、風は冷たかった。
 そして「時は来たり」と柿の木は言って猿に自宅から沢山柿が入るような大きな籠状の物を持って来させる事にした。猿はうききぃーと叫びこれに従った。
 猿は自宅に帰ると、とりあえず囲炉裏で暖まろうと思った。
 俺は最近なんだか頭の中に聞こえるこの声に従うばかりでロクに喋る事も出来なくなってしまった。けど考える事は出来る。大きな籠を持って来い。と声は言う。でも待ってくれ。俺はこの三日間寒かった。別に抵抗する訳じゃない。ちょっと暖まるだけさ。それで効率が良くなるというもの。
 そうして囲炉裏に火を点けて、だんだんと部屋が暖かく明るくなるのを猿は感じた。
 俺は冬の寒い日にこうやって囲炉裏の暖かさを感じる時、幸せを感じるなぁ。
 そう感じながら冷えた尻を暖めていると、パンッと小さな爆発音。と尻に痛み。うきぃぃぃっと猿は叫びながら湿気を帯びた炭が爆ぜたんだろうか。と思いながら水道の蛇口を全開にして尻を突き出して冷やした。
 猿は思う。冬の水っていうのは全く気が遠くなるほど冷たい。痛い。ひりひりするほどだ。でも確り冷やさないと火傷になり、後々苦しむ事になる。それにしても痛いなぁ。

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