次郎さんがいなければ、ボクは小百合と結婚もできなかったし、小春もこの世にはいません。本当に、本当に、言葉では言い表せない感謝の気持ちでいっぱいです。
今のボクには次郎さんたちの生活を助けられるだけのお金はありませんが、ボクは、白鶴荘がなくなってしまうのがどうしても嫌なのです。
親バカかもしれませんが、小春は、とても良い子に育ってくれました。あの子がいれば、白鶴荘は大丈夫です。学生として4年間住んだボクは確信しています。
どうか、あの子にも、小百合や田辺やボクのように、人生の記憶に残る素晴らしい4年間を作ってやってください。何卒、何卒よろしくお願い致します
鶴野春男》
病床で書いたのだろう薄い筆圧だったが、文面からは力強さが感じ取れた。
「あ、そうそう……えっと……これ見てください」
田辺がスマホを取り出し、次郎と女将さんに画面を見せた。
スクロールしていくと、日付とコメントとともに、白鶴荘の様々な写真が載っていた。
〈古民家カフェ風www〉古民家カフェ風にコーディネートした小春の部屋の写真。
〈全員集合しないと食べません!〉下宿人の五人で笑顔で晩御飯を食べている写真。
〈女将さんの作る朝ご飯、マジ最高っス〉朝食を作っている女将さんの笑顔の写真。
〈なんにでも真剣に向き合う次郎さん〉電球を替えている次郎の真剣な横顔の写真。
〈晴れの日はこの芝生で時々寝ます。怒られます。〉綺麗な夕陽が差し込む庭の写真。
〈下宿の窓から。お母さんが大好きな飛行機雲。〉快晴の空に浮かぶ飛行機雲の写真。
などなど、楽しそうな写真に添えて日々の出来事の日記が書かれていた。
「そう、そうだった……懐かしい。小百合ちゃん、飛行機雲が出ると、消えるまでずっと見てたのよ……」
女将さんが鼻声で言う。次郎も思い出したように頷き、田辺に向く。
「……これ、小春ちゃんが書いてくれていたのか?」
小春は下宿を始めた日から毎日、白鶴荘での楽しい生活をブログにアップしていた。それが一気に広まり、特に男子からの問い合わせが増えたのだった。
「そっか、次郎さんたちが大家になる少し前だったかな。小百合がここへ来た頃も、半分ぐらい部屋が空いてて、もう下宿を畳むかもしれないって話を聞いたらしいんです。そしたらあいつ、自分の顔写真入りのチラシ作って、駅前で配ったんです。したら、ものの見事に殺到したんですよ」