小説

『トウダイモトクラシー』シトフキワイ(『鶴の恩返し』)

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 東京は下町。一月。
 大正時代に大正モダン建築として建てられ、元々は住宅だった。戦争や天災などの被害から運良くまぬがれ、その歴史的建築美がウリの下宿『白鶴荘』。
 二代目の大家・田島次郎と、下宿の家事全般を担当する妻で女将さんの詩織(共に六〇歳)が営んでいる。一階に自分たちが住み、二階の八部屋が下宿部屋。お客は上京してきた浪人生や大学生が中心だ。
 三〇年前に父親から受け継ぎ、ほそぼそとだがなんとか経営してきた。
 しかし最近のシェアハウスブームの台頭を皮切りに、友人同士での共同生活、少子化の影響で生徒を獲得したい大学などは寮の設備を充実させた部屋を安価で提供している中、唯一のウリである建物も老朽化が進み、大規模な補修工事をする費用もなく経営は苦しくなる一方だった。

 白鶴荘は、和式トイレ、ステンレス釜の追い焚き風呂(二人入浴可)、洗濯機、台所は共同。それぞれの部屋は六畳一間で、古いエアコンと棚が一つある程度。月三〇〇〇円で朝と夜は女将さんの作る食事を付けることもできるが、食事の時間が決まっているのと、予算ギリギリでやっているので豪華なおかずは用意できない。一年ほど前までは今の若い子に興味を持ってもらえるようにと頑張っていた。しかしリフォームする資金はないので二人で補修工事をし、安くてボリュームのあるメニューなども考えた。若者向け雑誌を読んでインテリアを作ってみたり、宣伝のチラシを配ってみたりもしたが、どれもこれも、うまくいかなかった。父親の代にも経営が危ない時期があったというが、今と昔は違う。違いすぎる。やはり、昔ながらの下宿がやっていくのは時代錯誤かもしれないな、と次郎は下宿を畳む時期を考えていた。

 現在、白鶴荘に住んでいるのは三人。
 骨董品などが好きだからという物好きで、男なのに短大に通う・一ノ瀬、二〇歳。
 親から下宿じゃないと東京へ行かせないと言われて渋々四年住んでいる大学生・二階堂、二二歳。
 住居に興味がなく不動産屋に言われた一つ目の物件だったからとの理由で五年住んでいる物理オタクの大学院生・三橋、二七歳。

 
 そしてその三人も就職が決まっており、二ヶ月後には大学や大学院を卒業して全員が下宿を出て行ってしまう。二年前に一ノ瀬が入ってきてからは誰も入ってきていない。もう一月も終わりだというのに、来年度の下宿に関する問い合わせは一件もない。
 二ヶ月後の三月末、今の三人が出ていくタイミングで下宿を畳もう。

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