小説

『トウダイモトクラシー』シトフキワイ(『鶴の恩返し』)

 次郎が大家になるタイミングで結婚した夫婦に子供はいなかったが、この下宿がある土地を売れば年金がもらえる四年後までは生活も大丈夫だろう。父から受け継いだが引き継ぐ人もおらず、申し訳ない気持ちもある。だからこそ、自分たちが出来る限りは、少なくとも定年の六五歳までは続けようと頑張ってはきた。ただ、現実は厳しい。
 学生時代に白鶴荘で下宿していて近くの不動産屋に勤めている田辺に相談すると「土地はすぐ買い手がつくと思いますよ」とのことだった。最後の最後まで悩んだが、次郎は土地の権利書を田辺に託し、手続きを進めてもらうように言った。
 そして下宿の三人にも伝えると、一ノ瀬は「この古き良きビジュアルは惜しい気もしますが、ま、仕方ないですね」とあっさり。「あれっすか? 立ち退き料みたいなの、貰えるんすか?」と二階堂。一年ごとの更新なので立ち退き料を払う義務はないし、そもそも払えるものはない。「あ、ボクは住むとこはどこでもいいんでー」三橋はいつも通り目も合わせずメガネの柄をつまんだ。

 それから二日後の朝だった。
 男子三人が大学に行ったすぐあと、一人の若い女の子が訪ねてきた。今風といえば今風だが、清楚で、どこか懐かしいような、化粧や洋服などではなく素材が美しいのだとわかる。
 するとその子は、来年度から白鶴荘に住みたいと言う。
 以前は女子も下宿していたが、綺麗で新しい設備の大学寮やシェアハウス、女性専用の防犯設備の高いマンションが多くなり、ここ一〇年、女子は一人も住んでいない。

 次郎は訪ねた。「なぜ、君みたいな子がこんな古い下宿に?」
 鶴野小春と名乗った女の子は言った。
「三〇年ほど前、両親がこの下宿に住んでいて、とても楽しい大学生活を送れたと聞いたんです。だから私も大学生になったらここで下宿させてもらおうと思って来ました」
 両親の名前を聞いた次郎は驚いた。古いアルバムを引っ張り出す。
 父親が急病で倒れて白鶴荘を受け継いだ三〇年前、鶴野春男という大学生が下宿していた。彼のことはよく覚えていた。

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