なぜ突然、こんなに問い合わせが来るようになったんだろう?
困惑する大家夫婦だったが、もう土地売買の話は進んでいるし、夫婦で何度も話し合って決断したことだからと、次郎は断り続けた。
そんな中、女子二人が住んだことで白鶴荘の雰囲気も一変していた。女将さんの食事を食べなかった一ノ瀬、二階堂、三橋も、小春たちに感化されたらしく食事の時間に姿を現すようになった。
ガヤガヤと賑やかな、もう一〇年以上も見ていなかった光景が蘇った。
「いただきまーす!」
大家夫婦も一緒に七人で朝ご飯を食べ、「遅刻する!」と騒ぐ学生たちをいそいそと見送る。夜ご飯のときはそれぞれの学校であったことを話したり、小春は写真が好きだからとスマホでパシャパシャと色んなシーンを撮るし、二人一組の風呂の順番は次郎も女将さんも混じり男女関係なく毎晩ジャンケンで決める。あの頃の活気が戻っていた。
そんなある日の夜、黒電話が鳴った。
「あ、風呂ジャンケン、ちょっと待ってくれ」
「じゃ、次郎さん最後ね!」
「ちょっと待てって。すぐ終わるから……はい、もしもし?」
と、次郎の笑顔が止まった。
「あなた……どうしたの?」
女将さんだけが気づいて次郎を伺う。
電話は田辺からだった。
《土地の買主がほぼ決まりましたので伺います》
白鶴荘を畳む日は二週間後。
大家夫婦は、ジャンケンで何を出すかを考えている五人を愛おしそうに見つめ、これは鶴野春男と小百合が最後にくれた思い出なのだと、承諾した。
白鶴荘で過ごす最後の日曜日。みんなで、大家の家の庭の芝生でバーベキューをすることになった。
網には肉やら野菜やらがいい具合に焼かれている。下宿人の五人は缶ビールや烏龍茶を片手にワイワイと楽しそうだ。
宴も終盤に差し掛かり、次郎と女将さんは、ふー、と縁側に座った。