春男は首を左右に振る。
「いえ。ボクが病気で死んだってこと以外、全部本当です。小百合のことも次郎さんと女将さんには言いづらくて、今の今まで小春を紹介できませんでした。あのとき、コンビニでタオルを買った理由だって、本当です。小春もこの四月から……もう住んでますけど、ここに下宿させてもらいますからね。あの子も相当気に入ってますし」
「ですよ、次郎さん。電話殺到してるんですって? ちゃんと来年度の下宿生も受け入れてくださいよ。あー、オレもあの頃に戻りてーっす」
懐かしそうな笑顔の田辺は、封を一度も開けていない土地の権利書を次郎に返した。
「でも……」次郎は女将さんを一瞥し、呟くように言う。「妻と二人で色々と頑張ってみたが、下宿生は減っていく一方だった。小春ちゃんたちが来て、ブログだっけ? そんなところに日記を書いただけで、下宿依頼がこんなに殺到するものなんだなぁ……」
「単純なことですよ。建物も次郎さんも時代錯誤かもしれませんけど……あの年代の男の下心に、時代錯誤なんてありませんから。な、田辺」
「だな」田辺も頷く。
次郎は、心地よい敗北感の表情で春男と田辺を見つめていた。
「あれ!? 何! もうバラしちゃったの!?」
と、春男に気づいた小春が叫んだ。同時に、男三人衆が田辺のとき同様に春男を睨んでいる。
ニヤけた春男は田辺に目配せしてから叫ぶ。
「小春! 楽しいかぁ!?」
「うん! すっごく楽しい!」
男三人衆はさらに春男を睨みつける……が。
「お父さんも田辺さんも大家さんも女将さんも、こっちきてバーベキューしようよ!」
「「「……お、お、お父さん!?」」」
驚愕して恐縮している男三人衆を横目に、春男も田辺もバーベキューの輪に入った。次郎も女将さんも続く。
……?
ふと、次郎、女将さん、田辺、春男、小春が、何かが聞こえたように、示し合わせたかのように、同時に青空を見あげた。
小百合の好きだった飛行機雲が綺麗な一筋を描いていた。