小説

『トウダイモトクラシー』シトフキワイ(『鶴の恩返し』)

 遠くで食材を切っている小春が田辺に気づき、笑顔で手を振る。田辺も笑顔で振り返した。
「黙ってろって言われたんで次郎さんには言えなかったですけど、実はオレ、小百合が亡くなってからも鶴野とちょくちょく会ってて、小春ちゃんも小さい頃から知ってるんです。小春ちゃんは、小百合によく似ています。顔も性格も。小春ちゃんがそんじょそこらの男になびくようなヤワな子じゃないことは鶴野もオレも良くわかってますしね。……あ、やべ。オレ、帰ったほうがいいかも」
 小春が親しげに手を振ったことで、三人の男が初めて見る田辺を不審そうに見つめている。
次郎と女将さんの目には涙が溢れていた。
……?
 ふと気づくと、田辺が真剣な目でじっと次郎を見つめていた。
 女将さんは涙を拭きながら、次郎の肩をポンと一つ叩く。
 次郎は女将さんに一つ頷き、言った。
「田辺くん、本当に申し訳ない。ここの土地を売るのは、やめにしたい」
 すると、田辺の顔がパッと明るくなった。
「ふー! ようやく言ってくれましたねー!」
「……ようやく?」
「もう、次郎さんがいつまでも言ってくれないから、鶴野に怒られるとこでしたよ」
 次郎も女将さんも、キョトンとしている――「……!? ええ!?」
 庭の入口から、懐かしい面影のある中年男性が入ってきた。
「!? 春男、くん!?」
「お久しぶりです。疎遠になってしまい、申し訳ありませんでした」
 春男は丁寧に一礼し、落ち着いた素振りで縁側に座った。
「ど、どうなってるんだ? 君は病気で……」
 次郎の問いに、春男は頷いた。
「ボクの気持ちは、手紙に書いてあった通りです。ただ、ボクらが『やめないで』と言って、白鶴荘を続けたとしても、次郎さんの本意はわからない。もし今、次郎さんがそれでも畳むと言うなら仕方のないことだと思っていました。……と言いつつ、ボクとしてはどうにか、次郎さんの口から『白鶴荘を続ける』という言葉を聞きたかったんです」
 次郎は悟った笑顔で春男の隣に座る。
「……全部ウソなのか?」

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