「いや、まあ医者もヒーローだけどさ、桃太郎志望とかスパイダーマン志望に混じってって、仲間外れ感すごい」
「まぁ、サキもだよね。乙姫って、ヒロインじゃないじゃん。悪女じゃん。今日授業もうないのにそんな格好してさ」
「は?」
「浦島太郎ふけさせるだけじゃん。なに? 玉手箱。どうしてあんなの持たせたわけ? あ、それか音姫か。トイレで大活躍じゃん。すごいね」
「ケンカ売ってんの? 買うよ?」
「そっちが売ってんじゃん」
「表出ろよおら」
「ちょっと、ケンカはダメよ」とラプンツェル科の子がいって、髪の毛をとがらせた。私とサキは顔を見合わせて笑った。
「ごめんごめん。こういうネタなの。でもありがとう。これ、だれかが止めないと終わらないやつだから」
「あっ、そうなんだ」
「うん。あ、私、そろそろいくわ。ケンジが家で待ってるって」
「ひゅー」
私の下宿にはアニメ映画や実写映画のシンデレラのポスターがたくさん貼ってある。原作の「灰かぶり姫」を数行ずつ書き写したものが冷蔵庫やトイレの壁に貼ってある。そこここに灰かぶり姫が継母に拾わされるひら豆がぶちまけてあったり、かまどはこの家にはないので代わりにオーブントースターのなかに灰が詰められていたり、また彼女を救う鳥たちがいたりアニメなどの方のかぼちゃの馬車があったり何百足ものガラス風の靴があったりする。典型的なシンデレラ志望者の部屋という感じで、そこに今はケンジがいる。ガラスの靴型のハンモックのなかで寝そべっている。
「おれ、親と縁切ってきた」と私が帰ってきたのを確認したケンジがいった。
「え?」
「本気で金太郎目指すよ」
「え、うん。そっか。がんばってね」
「それだけ?」
「なにが?」
「それだけなの? いうこと」
「他に、なにいえばいいの?」
「いや、だから、私もいっしょにがんばる、とか、さ」