小説

『黒いパンプス』大前粟生(『シンデレラ』『ラプンツェル』『金太郎』)

 学校では〈これからの未来のためによりよいヒロインを考える〉授業なんかもあるけど、いつも議論は平行線だ。ハッピーエンドってなんなのか、とか、ハッピーエンドとされた時点よりあとも人生はつづくんじゃないの? いったい明確な定義としてはどのような人物が本物のシンデレラなのか、ラプンツェルなのか、その他あれこれの姫君や少女なのか、ちょっとわかりにくい。でも私たちは彼女たちを目指している。そうしたいと願ったから。ヒロインにならなければ生きていけないと思ったから。少なくとも、そう思った瞬間が確かにあったから。私を運ぶ黒檀のような髪の女の子はどうなのだろう。彼女は原作のように黄金の糸のようにかがやく髪ではないのに、それは不利なことなのに、なにがその逆境を無視させたのだろう。彼女の名前は知らない。聞いても明日になったら忘れているかもしれない。何回かこの子みたいに黒髪の子をタクシー代わりにしたことはあるけれど。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 さっきから私と私を運ぶラプンツェル科の子はすれちがう人たちにそういっている。この学校ではそう挨拶するのがきまりなのだ。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 でも今日はなんだかおかしい。私たちが挨拶をしても、学校の子たちは挨拶を返したり返さなかったりする。返す子にいつもの華麗さはなく、返さない子はみんな会釈をするだけ。泣いている子もいる。廊下の隅で体育座りしているマッチ売りの少女科の子が持つマッチはすべて、ひとつ残らず使用済みで黒い。ちょうど廊下の角から赤ずきん科の子がやってきて、早歩きしながら赤ずきんをほどいてポケットのなかから取り出した黒ずきんに変えた。今日はなんだかおかしい。いつもは色鮮やかに着飾っている生徒たちが今日は黒い。「だれが飛んだのかしら」とラプンツェル志望の子がいった。みんな、喪に服していたのだ。
「そっか。でもよかった。今日は私、変身前の地味なシンデレラの格好で」と私。

「死んだの、かぐや姫科の子なんだってよ」と継母が私をいじめながらいった。
 本物の継母ではない。その継母だって、この学校の生徒だ。ヒロインになるには、ヒロインをヒロイン足らしめる悪役や他の人たちの目線を理解しなければならない、ということで生徒たちはいじめる側にもまわる。シンデレラ科の場合はシンデレラの物語に必要な人数で班を組んで、班ごとに演じている。入学当初は配役はローテーションで決まっていたのだが、時間が経つにつれてみんな自分が本当はなにに向いているかわかってくるし、それとなく先生が特定の役に誘導しようとする。
「なんか、毎年だれかが屋上から飛んでるよね」私が灰をかぶりながらいった。

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