小説

『APPLE SOUR』月崎奈々世(『シンデレラ』『白雪姫』)

 白雪姫の言葉は重かった。着せ替え人形。操り人形。確かに、私も同じことを考えてきた。
おとぎ話の主人公が、生き方を変えてはいけないという法律はない。「人に夢を与える」生き方に反しない限りは自由なのだ。でも、ほとんどのプリンセス達は生き方を変えない。それは、シナリオ通り生きていれば王子様と結婚できて、何不自由ない暮らしが出来るからだ。十分すぎるくらいの幸せじゃないか。一体これの何がクソつまんない人生というのだろう。
 地位を確立した今、変わることはシンデレラの私にとって恐怖にも近いことだった。

「っていうかさ、あんたの作ったきゅうりサンド、マジヤバイ」
 白雪姫は、しゃくしゃくと音を立てながら言った。
「え。ヤバイって……、不味いってことですか?」
 すると白雪姫は、ケラケラと笑った。
「シンデレラ。あんたって本当に時代遅れ。ヤバイってのはね、今時イイ意味で使うことのが多いんだかんね。つまり、激ウマってこと」
 おとぎ話の主人公に、時代遅れとかあるのか。やっぱりムッとしたけれど、それでも、料理を褒められたのはうれしかった。
 このきゅうりのサンドイッチは、バターに粒マスタードを練り込んでいる。きゅうりも、水分が出ないように軽く塩もみしてある。意外にも、手間がかかっているのだ。
「りんごサワーと合うぅー」
 白雪姫は、顔をほころばせながら、きゅうりサンドを食べながらりんごサワーを飲んでいた。
「……どうも」
 私は照れ隠しに、りんごサワーをグビグビと飲んだ。アルコールの弱いお酒とはいえ、飲むたびに身体が熱くなるのを感じた。
 このままの人生で、十分だ。
 そう思うたびに、さっきの白雪姫の言葉が頭をよぎる。「あんた、マジおわってんね」。
 身体が熱い。でも、この込み上げてくる熱はきっと、お酒のせいだけじゃない。

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