私が聞くと、ちゃんゆいは少し振り返った。さらっとした髪が頬にかかって、くちびるが楽しそうに微笑んだ。
「夕陽色だからってオレンジじゃ落としたら痛いかなって。蜜柑て、少しやわらかくて匂いも爽やかで、でもヘタはトゲトゲしてて、中開けてみたらちっちゃいつぶつぶがいろんな想いつめこんだみたいに一粒になってて、甘くて、でも酸っぱくて、スジスジがついてて、そういうのがどこかいいなぁって思って」
なんとなく蜜柑を選んだのは正解だったような気がして、ちゃんゆいに袖を引かれるまま走りつづけた。
「なんか私まで蜜柑落として逃げてる人みたい」
私は手を伸ばし、ちゃんゆいの持っている紙袋をひとつ持ってあげた。紐から下が風を受けてバコバコと音を立てた。
「もしわたしが捕まったら、イベントに出禁にならないように、間違って転びかけて地下で買った蜜柑落としちゃってたのを見ました、って証言してください」
ちゃんゆいはそう言って笑った。私は、なんだか自分がここに来た意味ができた気がしてちょっと嬉しくなった。
階段を一段飛ばしで降り、駅の方向とは別の地上の道路沿いの出口からショッピングモールを出ると、ショッピングモールに合わせて作られた並木道が伸びていた。私とちゃんゆいはやっと止まって、膝に手を当てながら呼吸をした。袋からふわっと甘酸っぱい匂いがした。
私とちゃんゆいが顔を上げると、長く長く伸びる並木道に、光が少しずつ夕陽の色を帯びて、雨のように道の上に降り注いでいた。