小説

『No Face』植木天洋(『狢(むじな)』)

 「このカフェ……、よく来るんですか?」
 「ああ、うん。ほら、ジャズとかかかってるし、落ち着くんだ」
 店長厳選のレコード・ジャズを差して、クールに言い放つ。ジャズってそもそもほとんど聞いたことがないけれど。アイドルグループのファンだなんて言ったら、ドン引きされること間違いなし。ここは「ちょっと大人びた高校生」を演じるのが吉だろう。
 思ったとおり、彼女は憧れの目で俺を見つめるようになった。八丁味噌ジュースをのんで顔をしかめながら、それでもさらにジュースをのんで、無理矢理引きつった笑顔を作る。一生懸命俺の趣味についていこうとしてくれている。本当にいい子だ。仕方なく俺も引きつった笑顔で自分の味噌ジュースをちびちびと消化していく。店長出てこい! なんて態度はおくびにも出さない。
 「次、どこいきますか」
 彼女はなんとか八丁味噌ジュースを飲み干して、健気な笑顔で聞いてくれた。底の方のドロッとした部分を飲み下すのに悪戦苦闘していた俺は、とってつけたように咳払いをして、少し考える風を装った。次にどこに連れて行くかなんて考えてなかった。今いるカフェでものすごく背伸びをしてしまったので、次はリラックスできるところがいい。いつも通っているような……。
 「とりあえずゲーセンでも行かね? カラオケでもいいけど」
 「ゲーセンいきたい! 太鼓の変人、得意なんだ!」
 彼女は張り切ってバッグを肩にかけ、俺がなけなしの金で支払いをするのを待っていた。
 財布はほとんどすっからかんだけれど、すました顔をした俺に彼女はついてきた。途中で人混みに混ざると腕をからめてきたりして、いい雰囲気だ。俺は強気に出て、彼女を惹き付ける。よしよし、これが古代から受け継がれてきた狩りの仕方だ。多分。確か。
 カフェから一番近いゲーセンに入って、太鼓の変人を探した。ゲーセンは狭くて暇人でごった返していて、太鼓の変人は見つからなかった。けれど彼女はガッカリした風も見せず、プリクラを撮りたいと言い出した。「今日の記念に、ねっ」可愛らしくクビを傾げられたら、俺が断る理由があるはずもない。「男子のみの利用お断り!」とどデカくかかれたのれんを少しの背徳心と共にくぐると、見慣れないプリクラのボードが現れた。男同士でプリクラを撮ることなんてないし、ましてや女の子と撮ることなんてない。どう操作すればいいのか、わからない。

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