小説

『No Face』植木天洋(『狢(むじな)』)

 俺の顔が、ない……
 彼女は写っている。顔のそばでピースを作った、可愛い彼女。問題は、俺だ。
 顔が、なかった。
 シャツは着ている。制服のチェックのスラックスも写っている。茶髪も、そのまま。ただ、顔だけがない。なにもない。眉も、目も、鼻も、唇も、ぼんやりとした凹凸を覗いて、見慣れたパーツが一切ない。え、なんだこれ?
 慌てて弁明しようと彼女の方を向くと、彼女が腰を抜かしたように崩れ落ち、ずりずりと後ずさった。可愛い顔が恐怖に歪んでいて、こっちの方がビビる。ひと呼吸して、彼女のきゃーという悲鳴がゲーセン中にこだました。
 訳の分からない俺を置き去りにして、彼女はそのまま後ずさるようにして逃げ出していく。ちょ、ちょっと、待ってよ。
 意味もわからず彼女を追いかけようとしたら、ちょうどステンレスの柱に映る自分の姿が目に入った。見慣れた自分の姿があった。顔だけがつるりとして何もないことを除けば、いつもどおりの俺の姿だった。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10