小説

『No Face』植木天洋(『狢(むじな)』)

 「だな」
 話が一段落したところで教師が部屋に入ってきて、あわただしく自分の席についた。
 俺は適当に教科書やノートを広げながら、ポケットに入ったスマホを気にした。みんな大人しく授業を受けているふりをして、テーブルの下で漫画を読んだり、スマホをいじったり、教科書を盾のように立ててその陰で弁当をかきこんだりしている。そうでない奴はくっちゃべったり、消しごむカスを投げ合ったりしている。
 担当教諭はいつものそんな様子に動揺した様子も見せず、堂々と授業を続ける。しかしまあ、ほんとによく続くよね。ほとんど無視されているのと変わらないっていうのに。
 ――ブブッ――
 スマホが振動して、俺は慌てた。手の中から取り落としそうになって、あわててスマホを鷲掴みにする。LINEのメッセージがきたことを知らせていた。あの女か……と思ってメッセージを開くと、おかんだった。内容は「きょうはおそくなるからかつおぶし!」かつおぶし? 何のこっちゃ。こういう感じでおかんのメッセージはいつも解読不能だ。ちょっと肩透かしを食らった気分で、LINEを閉じてチョークの白い粉でうめつくされた黒板を眺める。
 といっても、文字通り眺めるだけだ。見てはいない。頭の中に数式ひとつ入ってこない。なんだか退屈な幾何学模様を眺めているだけで、四時間はたっぷり眠れそうな眠気が覆い被さってくる。
 またブブッ。
 おかん、しつこい。スマホを目立たないように取り出して、メッセージを開く。
 「私の素顔♡ メイク反応悪かったから。恥ずかしいけど今度はすっぴんだょ」
 絵文字つきで、写真も添付されていた。
 おっと、きたよ。緊張しながら画面をスクロールすると、やはりのっぺらぼうの顔が写っていた。服装はどこかの制服らしい。制服といっても皆自由にリボンを付け替えたりショップで買ったオリジナルのジャケットを着ていたりするので、どこの学校かははっきりしない。これまでのやり取りで近所らしいことはわかっていたけれど。
 それにしても、何がすっぴんだか。さすがに二度目は面白くもなんともない。無視しようとスマホをポケットに入れると、隣の席のタカシがシャープペンで肘をつついてきた。
 ――ミセロヨ――

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