「では、君のさいわいとは一体何ですか?」
「僕のさいわい?」
カムパネルラは考えました。けれどみんなのさいわいが何であるのかと同じように、自分のさいわいというものの影すら浮かんできません。
「自分のさいわいを知らぬ者に、人のさいわいを祈ることはできません」
「では、僕、どうしたらいいのでしょう。僕わかりません。ここにいられないのなら、もうどこにもいたくありません」
カムパネルラの瞳から、大粒の涙が落ちました。
「あそこを見て下さい。あれは蝎の火です」
青年が窓の外を指さして言いました。カムパネルラが示された先を追って見ました。カムパネルラには火というものがわかりませんでしたが、それはカムパネルラの涙の中で、ゆらゆら燃えています。
「あの蝎は、自分の毒でもってたくさんの獲物を捉えていたのですが、自分がいたちに追われる立場になると、無我夢中で逃げ、そのうちに井戸に落ちて溺れてしましました。そして死にゆく中、自分はあれほど多くの命を奪ってきたのに、なぜいたちにこの命をくれてやらなかったのだろうかと悔みました。そして、次の自分の生がさいわいに役立てられることを願いました。君は、あの蝎をどう思いますか?」
カムパネルラは、青年がどうしてそんなことを訊くのかわからず、首をかしげました。
「可哀そう、だと思います」
「僕は、蝎がそう悔いることができたことは、蝎のさいわいだったと思います」
「さいわい?」
「蝎はいたちに追われたからこそ、それまで考えもつかなかった思想に出会い、悔い、悔いたことで自分が変わること、進化することを願いました。それは蝎が蝎であったこと、それまでの行い故です」
カムパネルラには、青年が何を言おうとしているのかさっぱりわかりません。
「君のさいわいは、目が見えるようになることですか?君が役立たずなのは、きみがめくらだからですか?見えない者は、誰かの為に働くことは出来ませんか?君が家族にしてやれることは、本当に何もないのでしょうか?」
「だって僕、家でお母さんの手伝いをするくらいです。そんなの誰にだってできます。兄さんのように、家族を養ったりできません」