小説

『ジョバンニの弟』和織(『銀河鉄道の夜』)

「お母さんを知っているのですか?」
「ええ、僕たちがまだ小さかった頃はご病気でした」
「はい。お父さんが帰ってから、すっかり良くなったって・・・・・」
 そこまで言うと、カムパネルラはまた黙り込んで、暗い気持ちになってしまいました。青年はそんなカムパネルラの顔を覗き込むようにします。
「どうしましたか?」
「お母さんは元気になりました。だからもしお父さんが僕を拾って連れて帰ったりしなかったら、あの家には何の面倒もなかったんです。僕、めくらだから兄さんの様に働くこともできません。兄さんはもうずっと前から働きに出て家族を助けているのに、僕だけ何もできません。お父さんは不憫に思って僕を拾ってくれましたが、僕は恩のある方々に迷惑をかけているだけです。姉さんも、兄さんも、こんな弟は要らなかったと、本当はそう思っているに違いないんです」
「君はなぜそう思うのですか?面倒だと、誰かに言われたの?」
「言われませんが、笑われます。石を投げられます」
「それは酷いですね。でも、だれか手伝ってくれる人はいませんか?」
「学校では、みんな先生に言われて仕方なく僕を手伝います。でも、面倒に思っているのがわかります」
「どうして?」
「僕の手を引く手が、いつも離れたがっています。触れればその人の気持ちがわかります。だから僕、家族以外に触られるのきらいです」
「そうですか・・・。でも、それではご家族はやはり、君を大切に思っているということではないですか?」
「そりゃあ、嫌われてはいないと思います。でも可哀そうに思ってくれているだけでしょう」
 青年はしばらく寂しそうな顔をして黙りこんでいましたが、思い出したように窓へ顔を向けると、そこから見える様々な美しいものを指さしながら、カムパネルラの兄であるジョバンニとの旅の話を語り始めました。カムパネルラは夢中になって耳を傾けました。何より今見ているものと聴いているものが繋がっていることがとても素晴らしく感じられ、その感覚で満たされると、自分がめくらであることを忘れてしまいそうでした。
「これらそれぞれに役割があり、全ては繋がっています。芽生え、創造され、果てに辿り着き、また新たに芽生え、全てが輪っかになって、巡っています」

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