「でも、僕、夢でも、何か見ることはありません。いつも、ただ動いていたり、誰かと話したり、そういうのだけです。僕、生まれつきのめくらです」
「ここにあるものは、君にも見ることができます。目を開ければわかりますよ」
「・・・本当に?夢だからですか?夢では僕、ものを見ることができますか?」
「僕嘘は言いませんよ。ぜひ君に、この景色を見てほしいのです。ここには君のお兄さんも来たことがあります。僕ら、ちょうど君の歳くらいの頃、この列車に乗って二人で旅をしたんです」
「ジョバンニ兄さんと?」
「はい。お兄さんに訊いてみるといいでしょう。きっとお話をしてくれる筈です」
カムパネルラはしばらく考えていました。そんなことを言われても、今は確かめられないのだから、この人が本当に兄さんの友達なのかどうかはわからない。そう疑いました。しかし考えているうちに何が何だかわからなくなって、そういえばこれは夢なのだから、だったらどっちにしても構いやしないんじゃないか、という気になりました。それに、瞼を開けてみたい、夢でもいいから、ものを見てみたいとも思いました。カムパネルラは、恐る恐る瞼を動かしてみました。
「少しびっくりするかもしれませんが、怖いことは何もありません。僕を信じて下さい」
察したように、青年がそう言いました。その言葉に促され、カムパネルラは意を決して、瞼を開けてみました。そしてそのまま、しばらく石になった様に動けませんでした。目の前の青年を目にして、ああ、これが人なのか、と思いました。自分の手の中に在る感覚と、それを一緒になぞります。今までは、例えば、健常者がぼやっとした影をなぞるようにしか捉えられていなかったのもが、くっきりと細部までわかりました。色というものがそこにはあり、けれどなんと呼ばれるのかわからず、ただただ眺めます。そして青年の顔を見て、あれが、眉、瞳、鼻、口なのだ、と思いました。そして彼の瞳をじっと見て、キラキラとか、綺麗というのは、こういうもののことを言うんじゃないか、と思いました。でも、それが合っているのかどうかわからず、口にはできませんでした。
青年は目を開けたカムパネルラを見て、嬉しくなって笑いました。それが、カムパネルラが初めて目にする笑顔でした。青年を見て、ジョバンニ兄さんもこんな感じなのだろうかと、カムパネルラはぼんやりと考えました。それから、辺りを見回してみました。列車の中というのももちろん、何もかもが初めてで、少し怖かったので席を立つことはしませんでした。自分と青年以外には誰もいないようだったので、それを少し不思議に思いました。それから窓の外の景色へ目を向けたとき、そちらへ吸い込まれてしまいそうな気になりました。