井田ちゃんは傘も指さずに花壇の隅で腰を下ろして、雨に打たれる花たちを見ていた。目線の先には、色とりどりの花たちがあった。思っていた以上に花壇らしい花壇だった。なぜこんなにも立派な花壇を、みんなきれいさっぱり忘れてしまっているのだろうか。
「ねえ、ここにあるお花、全部井田ちゃんが育てているの?」
私が声をかけると、井田ちゃんは振り返らず背中のまま、うん、と頷いた。
「綺麗だね。こんなに綺麗な花壇を忘れていたなんて」
私は思ったままを声に出して言った。
「ねえねえ、ーーさん。花たちが踊っているのが見えるでしょ?」
井田ちゃんが唐突に私を名前で呼んだ。井田ちゃんが私の名前を知っているのが意外だった。けれども同じクラスの子の名前ぐらい覚えているのは当然かもしれない。井田ちゃんの言葉に、花壇に向かって目を凝らしてみる。雨に打たれながら揺れる花たちは、確かに踊っているように見えた。久々の雨を喜んでいるようにも見える。
「うん、たしかに。まるで舞踏会でも開いているみたいで、楽しそう」
「そうでしょ。本当に。今日はね、本当にみんなすごく楽しそうなんだ」
「いつも踊るの? 井田ちゃんの花」
「いつもじゃないけど、もう何度も見てるよ」
そう言って井田ちゃんは少しだけ間を置き、
「でもね。明日になったらね。みんな枯れちゃうんだ」
と、湿った土を指先で少し摘んで、数秒見つめた。
「え?」
「枯れちゃうんだ」
「そうなの。このお花たち、みんな枯れちゃうの」
「うん。みんな枯れる」
「分かるんだ」
「うん。僕、毎日このお花たちのこと、見てるから」
「そうなんだ。こんなに楽しそうなのに」