「嘘だあ、先生。今ぜったい覚えてなかったでしょ」
美紀ちゃんか、ゆっちゃんか、どちらの声だか分からないが、先生に向けて疑惑が投げられる。
「先生さ、本当にみんなのこと覚えてるの? 俺の事だって、最初は全然分かってなかったし」
高木のすっかり変わってしまった声が響く。だけども変わってしまった声とはなんなのだろう。私は高木の昔の声など覚えていないのに。
「こらお前ら、先生に向かってなんてことを言うんだ。お花係をしてくれていた井田のことだろう? きちんと覚えてるよ」
「またまたー。先生そうやって誤摩化しても無駄だよお」
昼休みには、主に教室にいる子と、外に出て遊ぶ子との二つに別れていた。女の子はだいたいが教室の中で話をし、活発な男子たちの何人かは、校庭でサッカーなどをして遊んでいた。井田ちゃんはいつも教室にいなかった。高木や木村は、雨の日以外はだいたい外に出て何かをしていた気がする。だから雨の日には、大抵の子が教室の中にいたことになる。そしてその雨の日にも、井田ちゃんは教室にいなかった。しかしなぜ、私はそれを知っているのだろう。
「ねえ、聞いた。高木って、ーーさんのこと好きらしいよ」
誰かが私の名前を呼ぶ声が、ふいに頭の中を駆けていった。これは今誰かが言った言葉なのか、それとも雨の日の教室の中で聞いた言葉だろうか。
「そういえばさ、高木は、ーーさんのこと好きだったんだよな」
今度は木村の声だった。グラスを置いた音もした。
「ちげーよ。なんで俺がーーさんのこと好きってなんだよ」
声変わりのしていない、少年の声が耳に入ってくる。男子たちは、そんなに大きな声で話していて、私たちが聞こえていないとでも思っているのだろうか。だとしたら相当に頭が悪いと思う。高木の歪んだ笑顔が目に浮かんでくる。
「告っちゃえよ高木。ーーさん、優しいからオッケーしてくれるよ」
雨の日の昼休みに、教室にいるのが苦痛になった。
「まったくおかしいよな。だって俺とーーさん、一度も話したことなかったのに。本当。いい迷惑だったよなー」
どこか懐かしむような声が言う。いい迷惑だった。本当に。いい迷惑だった。
「ねえねえ、ーーさんはどうなの? 実際。高木のこと」
どうもこうもない。