木村の指摘で苦笑いする高木の顔には、あの頃の面影が残っていた。高木はいじられ役で、からかわれる度によく無理に口元を左右に引っ張ったような苦しい顔をした。けれどそのときは誰も高木のその歪んだ笑顔に気づいてはいなかったようだったし、楽しそうにしていた。高木を含めた自分たちが楽しいということを誰も疑っていなかった。高木自身も疑っていなかったかもしれない。歪んだ笑顔だけが、高木の心情を物語っていた。しかしこれは私の単なる思い込みかもしれないのもまた事実だった。
「でもさ、逆に誰か井田ちゃんが花いじってるところ見たやついるのかよ」
高木が訴えると、
「ないなあ」
とみんなが口々に言って、また笑った。みんな、さっきからずっと井田ちゃんの話をして、井田ちゃんの話で笑っている。私は今ここにいない井田ちゃんが話題の中心になるのを不思議に思った。でも、反対にここにいないからこそ話しやすいのかもしれないとも思った。
「なんだろね。井田ちゃんの花が踊る、って都市伝説みたいなものだったんじゃない。ほら、学校の階段じゃないけど」
と、美紀が言うと、
「はは。こえー。そもそも井田ちゃんって、本当にクラスにいたのかな。幽霊だったんじゃない」と木村が返す。
「やめてよー。私そういうの苦手」美紀ちゃんがわざとらしく体の震えたような仕草をした。
たしかに、誰も井田ちゃんが花壇で作業をしているのを見た事がなかった。もしくは、見た事があってとしても覚えていないのかもしれない。たしかに覚えているのは、井田ちゃんの花が踊る、ということと、井田ちゃんがお花係であったことだけだった。だからその、井田ちゃんの育てている花がどんな種類で、どれくらいの規模の花壇で、学校のどこで育てられていて、といったことを、ここにいる誰も知らなかった。当然私も、今日まで井田ちゃんのことを忘れてしまっていたのだ、覚えているはずがなかった。
「そんなわけないでしょ。私、井田ちゃんの家の近所だったんだから」
ゆっちゃんが、真っ赤に染まった頬で言う。お酒はあまり強くないようだ。
「それもお前の勘違いだったんだよきっと。端から井田ちゃんなんていなかったんだよ」
高木が木村に乗っかるように言った。今になって気づいたが、高木の声はずいぶんと野太い。それが私の高木に感じる違和感をより強固にしているのかもしれない。