小説

『ウサギ!とカメ』泉谷幸子(『ウサギとカメ』)

 ウサギは昔聞いたことのある話を思い出しました。大昔、神様が
「元日の朝、1番目から12番目までに来たものを1年交代で動物の大将にする」
 とおっしゃった時、ウシの背に乗ってスタートし、ゴール直前にそこから飛び降りてまんまと1番になったのがネズミで、それ以来十二支はネズミから始まるのだという話です。もしかしたらカメはその手を使うのではないかとウサギは思いました。
 癪なことではありますが、カメはのろまなくせに長く生きているからか、人徳、いや、亀徳があります。カメに助けてと頼まれたら、大抵の動物は断れないでしょう。しかし、あの大きなカメを乗せて動ける動物は、何でしょうか。ウシでもシカでも難しそうです。サルが大勢で協力してバケツリレーするならいけるかもしれませんが、それでは大騒ぎになって、あっというまに不正が発覚するだろうから駄目でしょう。伝説上の龍や麒麟ならなんとかしてくれるでしょうが、実在の動物でないので無理です。
 でも、必ず誰かに助けてもらうはずだとウサギは確信しました。そうでなければ受けないはず。どんなものでも不正はいけない。そしてそれがどんな不正なのかわからなければ、自分が知らない間に負けてしまうかもしれない。ウサギがカメに負けるなんて、末代までの恥です。とにもかくにもその現場を取り押さえなければなりません。
 そこでウサギは道の端に寄って、昼寝のふりをすることにしました。そうすればカメは安心して、不正をしたままの状態で通り過ぎるにちがいありません。ウサギは薄目を開けながら、ぐうぐう嘘のいびきをたてて待ちました。
 待てども待てどもなかなかカメは来ず、もう辛抱しきれないと思ったその時でした。やっとのことでカメがえっちらおっちらやってきました。意外なことにカメはひとりで、ただもくもくとゆっくりゆっくり歩いているだけでした。だれの助けを借りることなく、不正をはたらくこともなく、無謀にも自力で進んでいるのでした。
 ウサギは呆れてカメの姿が見えなくなるまで時間をかけて見送り、むっくと起き上がりました。なんだ、あれ?ウサギは馬鹿馬鹿しくなりました。オレも落ちぶれたものだな、カメがオレに勝つと信じて正々堂々と競争しているなんて。
 ウサギの闘争心に火がつきました。あんなグズグズした奴なんか、一気に追い抜いてやる。ウサギは再び、ぴょぴょぴょーん!と走って、あっという間にカメの真後ろにまで迫りました。ほーらみろ、簡単、簡単。カメに追いつくのも追い抜くのも訳ないさ。

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