小説

『ウサギ!とカメ』泉谷幸子(『ウサギとカメ』)

 ゴールで待っているキツネはイライラしていました。朝にスタートしたはずのこの競争は、お昼よりずっと前にウサギが到着して終了だと思っていました。それなのに、今やもうおひさまが山の向こうに下がりつつあるのに、一向に誰も来ないのです。本当に競争しているのだろうか、真面目に一日待っていた自分は担がれたのではないだろうか、と思ったその時、やっと向こうに動物の影が見えてきました。
「ウサギさん、遅かったね」
 と言おうとしたキツネは、口をあんぐり開いたまま、細い目を真ん丸にしてその光景を見つめるしかできませんでした。そこにはなんと、先にカメがゆっくり歩いており、その後ろに、汗をだらだら流し、息をぜいぜいいわせたウサギがついてきているではありませんか。
 キツネはふたりがゴールするのを見届け、
「ゴ、ゴール、カメさんの勝ち…」とやっとのことで言ったのでした。
 しかし、ウサギはキツネが驚いていることに気づかない様子です。こちらには目もくれず、背中を丸めて小さくなってカメに向かい、勢いよく頭を下げてこう言いました。
「カメさん、私の負けです。本当に失礼しましたっ!」
 そして、これまで見たこともない速さでぴょぴょーん!と逃げ出したのでした。
 キツネはしばらくあっけにとられていましたが、我に返ってようやくカメに聞きました。
「カメさん、カメさん、いったい何がどうしてこうなったの?」
 するとカメは、こう答えました。
「何もどうもせん。わしはわしなりに歩いただけさ」

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