「この地域では、昔から紫陽花に纏わる言い伝えがあってね。ちょうど今ぐらいの時期に、他所様の家の紫陽花を誰にも見つからずに盗って来て、それを玄関に吊るしておけば、お金が貯まって厄除けになるって言われているのよ。地域によって何時やるのかとか、飾る場所や飾り方、更には使う紫陽花の色とかも違っているそうなんだけどね」
「へえ……今でもやっている人はいるの?」
「まあ、今じゃ時代が時代だからね。本当にやる人は少なくなっているんじゃないかね。それに、やっぱり他所様の家のモノを盗むのは、泥棒と一緒だからね。大切に育ててきた花を勝手に持っていかれちゃあ悲しいしね」
確かに、丹精込めて育てたモノが盗まれるのはやるせないだろうな、と草太は思った。
「ばあちゃんもやったことあるの?」
「ああ、あるさ。おばあちゃんの家は、貧乏だったからね。少しでも家のために何かしたいと思って、小さい時に試したさ。でも、皆が皆他所様の家の紫陽花を盗み合って、それが原因で喧嘩になったこともあってね。それが怖くて、なかなか実行できなかったのよ」
「まあ、そりゃそうなるだろうね。でも、実行できたきっかけがあったんでしょ?」
草太が訊くと、祖母は目を細めた。
「ああ、あったさ。困り果てる私を見かねたとある子がね、自分の家の紫陽花を盗んでもいいって明言してくれたのさ。でも、当時は立て札も何もなかったから、おばあちゃん凄くびくびくしちゃって」
当時の自分の様子を思い浮かべたのか、祖母がくすくすと笑った。
「へえー、花を盗んでもいいなんて、その人やたら心の広い人だったんだね」
「ああ、本当に。まさか、その家に嫁ぐことになろうとは、その時は全然想像もしてなかったけどねぇ」
「……は?」
懐かしいわ、と祖母が微笑む。一方、そんな祖母の言葉に草太は固まった。食べようとしていた卵焼きがぽとりと皿の上に落ちた。
たっぷり数十秒経って、漸く草太の思考回路は動き始めた。祖母の言葉をゆっくりと思い出して、頭の中で整理する。
昔、祖母は紫陽花をとある家から盗んで、その家に嫁いだという。つまり、その家とは今住んでいるこの家というわけだ。対して、今回見た夢の中の少女もまた、この家から紫陽花を盗んでいたわけで――。
まさか、とある考えが草太の頭を過った。
「あ、あのさ。因みに、紫陽花盗んだ時ってどんな格好していたか覚えている?」
「何でそんな事訊くんだい?」
「いいからいいから」