そうこうしていて、どのくらい時間が経ったのであろうか。ふと、少女がとある家へ入っていった。
「ボロい……」
家の外装を見て、思わず草太の口からそんな言葉が出たが無理もない。その家は、良く言えば趣のある、悪く言えば古びた家だった。何処からどう見ても傷んでおり、まるで、幽霊でも出そうな雰囲気だ。
ぶるり、と草太は身震いをする。
そんな家の中に、躊躇なく入っていったことから、どうやらここは少女の家のようだ。時間もそれほどかからないうちに、少女が家の中から出てきた。
彼女は何故か踏み台を一生懸命運んでいた。その天板の上には、真っ白な紙に包まれた紫陽花があった。少女は踏み台を玄関の外側に置くと、紫陽花を大事そうに抱えて、ゆっくりと踏み台の上に乗った。
少女は、紫陽花を玄関の引き戸の上に飾り付けようとしているようだ。ぐっと手を伸ばす度に踏み台ががたがたと揺れるものだから、彼女が踏み台から落ちるのではないかと、草太は見ていてとても冷や冷やした。
「これでよし」
無事に紫陽花を飾り付けた少女が、勢いよく踏み台から降りる。
それを見届けた草太は、安堵の溜息を漏らした。
「何で見ているこっちが疲れているんだよ……」
ただ見ているだけなのに、無駄に疲労が溜まったのは、気のせいではないだろう。早く目が覚めてくれないものだろうかと思ったが、まだ目覚める気配はなさそうだ。
「誰にも見つかってないよね」
きょろきょろと辺りに誰もいないことを確認し、少女がほっと胸を撫で下ろした。草太は、彼女のそんな姿を見て、「いいえ、ばっちり見つかっています」と突っ込んだ。
けれども、草太の言葉が少女に聞こえるはずもなく、彼女は「よし」と意気込んで、紫陽花に向かって手を合わせた。
「今日のよき日に紫陽花の金袋、紫色ぞ我がものと思え」
祈るように少女が唱えた。そして、「あとは、仏様に謝るだけね」と呟いた後、幸せそうな表情を浮かべて、彼女は再び踏み台を持って家の中に戻って行った。
草太は、少女が完全に家の中に入ったのを見送った後、玄関へと近付いた。
「何だこれ……」
先程少女によって飾られた紫陽花は、紙で包まれているだけでなく、丁寧に紅白の水引で結ばれていた。しかも、何故か逆さに吊るされている。