「……ごめんなさい!」
申し訳なさそうに叫んだ次の瞬間、彼女はぽきりと紫陽花を一朶折った。
「本当にごめんなさい!」
少女は、深くお辞儀をして、折った紫陽花を大事そうに抱えて歩き始めた。
対して草太は、突然の出来事に目を丸くさせながら固まっていた。
「……え、もしかしていやもしかしなくてもだけど、あの子、紫陽花盗んでいったのか?」
余りにも自然な流れだったため、草太の反応は一瞬遅れた。けれど、直ぐさま慌てて少女の後を追いかけた。
月明かりで照らされた夜道を少女は歩く。その後ろを、一定の距離を空けながら草太は着いて行く。
時々人目を憚るかのように、きょろきょろと少女は辺りを見回した。その度に、草太は木々の陰に隠れたり、草むらに隠れたり、挙句の果てには地面に這いつくばったりして隠れた。
「それにしても、こんな真夜中に女の子一人で歩いているなんて危ないよなぁ」
もし不審者にでも出くわしたらどうするつもりなんだ。
まるで、父親のような心境で、草太は自分の前を歩く少女を心配する。
「そう、例えば、後をつけている俺のように……って、いやいや、俺は決して怪しい者じゃないし」
そうだ。自分は犯人を追う刑事だ。断じてストーカーなどではない。
頭を振って、草太は何度も自分に言い聞かせる。
「大体、あっちには俺のこと見えていないんだし、こそこそ隠れなくても別にいいんじゃ……」
自分の行動に、草太は呆れた。
これはあくまで夢の中――記憶の中の出来事なのだ。自分は過去のことを夢で見ている傍観者に過ぎない。自分には何もすることはできなくて、できることと言えば、目が覚めるまでこの出来事をただ見続けるだけだ。
そして、傍観者であるだけの自分の姿は、少女には見えていないのだから、何も隠れる必要はないのだ。それなのに、見つからないようにこそこそ隠れてしまうのはストーカー行為もとい尾行をしているという後ろめたさもあるのだろう。
それにしても、と草太は思う。
「こんな夜中に紫陽花なんか盗んでどうする気なんだ?」
どれだけ考えてもそれがさっぱりわからない。