小説

『ビルの木』早乙女純章(『注文の多い料理店』)

 その間、あの小さな男の子は、『みどりの木』がなる種を地面で拾っては、ちょこちょこと植えて回っていました。

 若者二人が休む間もなく働いて、鉄の箱の中に葉っぱが肩あたりまで来るようになった頃、どこからか語りかけてくる声がありました。
「ありがとう、よくここまで働いてくれた」
 箱自体が喋っているかのようです。
「おいおい、ねぎらいの言葉だぜ」
 どこにもスピーカーなんてありません。やっぱり箱が喋っているのです。
「どうやら約束の報酬がもらえるのかな」
「つまり給料日ってやつだな」
「待ちに待った給料日か。この日のために働いてきたんだもんな」
 二人はどれくらいのお金がもらえるのだろうかとか、どこからお金が降ってくるのだろうかとか期待して、天井を見上げながら次の言葉を待ちました。
「これからわたしが『ビルの木』になる最後の仕上げを行なおうと思う」
「最後の仕上げ?」
 二人は顔を見合わせました。
 どうやら期待していた給料がもらえるわけではないようです。
「あとはお前たちが一生、わたしの栄養分になってくれればいいのだ」
「はあ?」
「どういうことだ?」
 二人は肩をすくめて、両腕を横に広げました。
 

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