小説

『蛤茶寮』水里南平(『蛤女房』)

「蛤で出汁を取ることは、人間界では一般的だと存じ上げております」
「確かにそうだが……」
「私を女性だと思わずに、蛤だとお思い下さい。そのために、恥ずかしながらも本当の姿をお見せしたのです」
 私は、無理矢理、自分に言い聞かせてみる。
(蛤だ。あれは蛤の出汁なんだ……)
 この健気に涙を浮かべている女性が不憫に思えたのと、やはりあの料理を食した時の感動が忘れがたかったからだ。
「確かに、一理あるかも知れない」
「ありがとうございます! 私! 料理でしたら、中華でも西洋料理でも何でも得意にしております。何でもおっしゃって下さい!」
 うやむやの内に、彼女との同居が決まっていた。
 そして最後に、彼女がひとことだけ言った。
「料理を作っているところだけは、決して覗かないようにお願いいたします」

 翌日から数日間、店を休みにして彼女の料理を試した。
(蛤だ。これは蛤の出汁なんだ……)
と、自分に言い聞かせつつ、恐る恐る料理を口にする。
「絶品だ!」
 

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