小説

『蛤茶寮』水里南平(『蛤女房』)

「もう、お気づきいただけたと思います」
「?」
「私の正体が、先日、あなた様に助けられた蛤だということに」
「ええっ!?」
「驚かれるのはごもっともですが、私は正真正銘、蛤なのです」
「そんなことが、現実にあるはずはないじゃないか! あれは、昔話で!」
「今から、証拠をお見せいたします」
 そう言うと、彼女はテーブルの上に腰をかけた。
「失礼ではございますが、床には消毒液がついていますので……」
 次の瞬間、彼女は蛤になった。私が海で見た、両手のひらよりも大きな蛤に。
 私は悲鳴を発する間もなく、目眩を覚え、次の瞬間に気絶した。らしい……

 目を覚ました私は、布団の中にいた。
 彼女が、座って心配そうにこちらを見ている。私は反射的に布団の中に潜り込んだ。
(あれは夢だったのか? そうだよな、『蛤女房』なんてものが実在するはずがない)
「私のことがお嫌いになりましたか? 私は確かに蛤ですが、ご主人様のことは本当にお慕い申し上げております」
(本当に、本当なのか? 本当に蛤なのか?)
 私は恐怖感というのか、えも言われぬ不快感に襲われていたが、力を振り絞って声を発した。布団に潜り込んだまま。
 

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