小説

『赫い母』つむぎ美帆(『子育て幽霊』)

 郁美は机の中から何かプリントのようなものを取り出していた。忘れ物を取りに来たのか、と何となく見ていると、私の視線に気付いて郁美も私を見た。そして、私の手元の原稿用紙に目を落とした。
「卒業文集?」
「あぁ」
「何で家で書かないの?」
 郁美は首を傾げた。文集の作文は級友に見られたくなくて教室で書きたがらない生徒が多いので、不思議だったらしい。
 万が一作文に手こずっている私を母が見たら、「入試には国語もあるのにそんなんで大丈夫なのか」とくどくど言われるから、なるべく家でやりたくない。そんなことを私は手短に郁美に説明した。話している間に表情が渋くなっていくのが、自分でも分かった。
 ふうん、と郁美は神妙な表情で頷いた。と、すっと細い指を原稿用紙の上に当てた。
「ここ、漢字間違ってるよ」
「えっ」
 慌てて紙に目を落とした時、いきなりがたんと机が揺れた。
 郁美が私の机を跳ね飛ばすようにして床に倒れたのだ。
 倒れたのは、いつの間にか彼女の後ろにいた里衣子が彼女を突き飛ばしたからだと、一瞬おいて私は理解した。里衣子の表情は暗く剣呑だった。彼女の後ろにはいつも彼女と一緒に行動している女子が三人、子分のように控えていた。
「何しれっと教室でくっちゃべってんだよ」
 里衣子の声は低くて暗くて、私はぞっとした。同世代の女子がそんな声を出せるなんて、この時まで知らなかった。
 郁美は何も言い返さず、体を起こした。倒れたはずみに床に落とした、さっき机から出したプリントを拾おうとし郁美だが、だんっと音を立てて里衣子の後ろの一人がその紙を踏みつけた。にじるようにして皺だらけにした後、それを拾って里衣子に渡す。里衣子はその紙に目を走らせ、それをいきなり二つに破いて郁美の頭の上に放った。
 ひらひらと落ちる紙が一瞬見えて、それが先日の模試の合格判定の書類だったことに私は気付いた。二つに裂かれていたが、「A」「B」の記号はちらりと見えた。
「バッカじゃないの。あんたがK女になんか受かるわけないじゃん。殺人DNA」
 

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