小説

『赫い母』つむぎ美帆(『子育て幽霊』)

「……そんな風に考えるんだ」
 ぽつりと改まって言って、沈黙が訪れる。
なんだかさっきよりもっと落ち着かない気分になって、内心あたふたしながら彼女に尋ねた。
「あの、羽嶋はこの後どこ行く……回る、予定?」
 その後のことはよく覚えていない。何となくという感じで、近くの六波羅蜜寺や六道珍皇寺などを見て回ったと思う。その間も私たちはただ並んで歩いているだけで、話らしい話もしなかった。ただ時折、私たちは郁美の買った飴を口に入れた。郁美は飴を最後まで舐めきれず、途中で噛み砕いてしまうタイプだった。

 修学旅行の間に私たちの間にあった出来事はそれだけだ。もちろん私は誰にも話さなかった。
 旅行から帰ると、郁美を取り巻く過酷な環境は微妙に変わり始めた。
いじめをするグループから男子が減った。その分、女子からの当たりが激しくなった。
――私たちの中学は偏差値的には中の上から上の下といったところで、ほとんどの生徒が進学を希望し、厳しい受験戦争に挑む。修学旅行が終わったころからその「戦い」の雰囲気が三年生たちをじわじわと飲み込んでいくのが、毎年の通例であった。その兆しと共に、変化が起こり出した。
 男子生徒の多くは、いじめに直接加担する暇が惜しくなったらしい。かつての私のように、いじめを遠目に見て止めようとはしないが、「そんなことで時間を浪費するのか」と冷めた視線を送るようになっていた。無反応を貫く郁美に悪口を飛ばしている時間があったら、年号の一つ、英単語の一つでも覚える方がいい。そんな考えに変わっていったのだ。これは、最初からいじめに積極加担していない女子の多くも同じだった。
 その代わりにとでもいうのか、最初からいじめの中心にいた女子数人がひどく活性化した。帰りに郁美を待ち伏せ、囲むようにしてどこかに連れて行く光景をたびたび見た。時折、郁美は腕や膝に絆創膏を貼って登校した。
 どういうわけか、あんなに教科書やノートにも何度も落書きされていたにもかかわらず、郁美の学業成績は、強いて言えば「良い方」に入っていた。
 いじめグループのメンバーは、その中心人物(と私の目には見えた)の道原里衣子も含め……まぁ「中の中~下」といったところではなかったかと思う。地元の多くの女子が受験するKという女子高校がある。成績上位の者にとっては安定的な滑り止めだが、「馬鹿でも入れる」というほど偏差値は低くない。このK校への模試での合格判定が、女子では学力を判断する基準と言われていた。里衣子やその取り巻きたちのほとんどは、CやD判定だったらしい。目くじら立てるほどの悪い成績ではないが、合格ラインのボーダー上すれすれを低空飛行している、そんなところだったろう。
 その頃、単なる偶然なのだが、私と郁美は席が隣り合っていた。
 

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