「そりゃあ、滑稽だったよ。猿が着物を着て、器用に箸まで使って飯を食うんだからさ」
その男は町の井戸で手拭いを濡らすと、額にかいた大粒の汗を拭った。
「最初のころはね、なんたってあの鬼退治をしてくれたお猿さまさ。山村に帰って来た時は丁重にもてなしたよ」
男は鬼退治をした猿がもともと住んでいた山近くの村の出身だった。
「鬼退治から帰ったお猿さまに村で家と食事を用意したんだ。それと上等な酒もね」
そう言って男は喉を鳴らした。
「女たちが猿に着物を着せて大宴会さ。みんな喜んだよ。なんたってあの鬼たちがいなくなったんだ」
鬼一はこみ上げてきた怒りを隠す様に笠を目元まで下げる。
「猿の奴、勘違いしちまったんだろうな。その日以来、猿は毎日着物を着たよ。飯の時には箸を使い出した
・・・・そこまではよかったんだよ」
男は鬼一を見た。
まるで話の催促をされるのを待っているかの様だった。
しかし、男が期待するような反応は鬼一から返ってこず、待ちきれなくなった男は話を続けた。
「猿は嫁を欲しがったのさ。それも人間の嫁をね」
男はもう鬼一から反応が返ってこないことなど気にせず話を続ける。
「そして猿はひとりの娘に目をつけた。なんてことはないただの村娘で、取り立てて器量が良かったわけでもない。
ただの十二歳の娘さ。猿は娘を引っ張って村長の所まで行くと、それこそ身振り手振りで娘を嫁に欲しいと伝えた。
いくらなんでも相手は猿だ。人間の嫁をやる訳にはいかないだろう?
だから、村の者たちは急いでメス猿を捕まえたんだ。そして、猿の前に差し出したら、村長は喉を食い破られたよ」
鬼一は姉に跳びかかる猿の姿思い出していた。
そして骸になった姉の上で飛び跳ねる猿の姿を思い出すと吐き気がした。
「鬼退治をしたお猿さまは、桃太郎さんの家来だっただけで、人間の味方では無かったのさ」
そう言って男は唾を吐いた。
そうして、娘を嫁に出さなくてはいけなくなったと決まった晩に事件は起きたという。
「娘の四つ上のいとこの男が、その晩に猿を襲った。ハナから勝てるなんぞ思っちゃいねぇ。
だがどうしても、かよを猿なんぞの嫁にくれてやるわけにはいかなかったんだ」
鬼一は男をじっと見ていた。
話の続きを聞かせてくれというように。