小説

『鬼の誇りの角隠し』メガロマニア(『桃太郎』)

「だが、実際は呆気なかった。猿は覚えたての酒を飲んで寝ていたのさ。そこをグサリとやっただけさ」
「猿は死んだの?」 鬼一が聞いた。
鬼一にとってはそれを確認することが何より大事だったからだ。
「ああ、死んだよ。それで一件落着さ」
「桃太郎は何て?」
「えっ?」
「桃太郎は猿が殺されたことを知っているの?」
「本当は病気で死んだことにするつもりだったんだが、桃太郎さんを前にすると嘘を見抜かれるような気がしてな。
結局、本当のことをはなしたんだ」
「そしたら?」
「ただ一言、残念だ、と」
その言葉を聞くと鬼一は井戸のそばを離れ歩き出した。
「あっ、おい!」
男はそう言ったが鬼一は歩みを止めない。
道の向こう側から十六、七歳くらいの若い娘が井戸の方へと駆け寄って行き、男に「あんた」と声をかけた。
男と駆け寄ってきた女が事件の当事者だったかどうかは鬼一は知らない。
ただ、猿に匂いを追ってきたら井戸の男に辿り付いたのだった。
男の身体に染み付いた猿の匂いは、女の匂いと合わさると、
どういうわけだか消えていた。


大きな樫の木が、その森を象徴するかの様にそこに佇んでいた。
樫の木からは奴の匂いが、むっとした。
しかし樫の木に奴の姿は無い。
「母はいないよ」
樫の木が喋った。
否、そんなはずはない。
樫の木の茂る葉の中から何かが飛び出した。
そして、鬼一からほど近い木の枝に止まった。
美しい羽模様。
 

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