小説

『鬼の誇りの角隠し』メガロマニア(『桃太郎』)

「さあ、殺しなさい」
「お前を殺したあと」 鬼一は村を見渡す。
「村の連中も殺そう」
犬の躯がビクッっと大きく反応する。
そして一挙に立ち上がる。
「村の者に罪はない」
「あるよ。お前の頭を撫でていた」
「許してくれ。村人の命だけは勘弁してくれ」
「嫌だ。さっきの娘たちも喰い殺す」
「森へ行こう」
犬が唐突に言った。
「なに?」
鬼一は聞き返す。
「森へ行くんだ。鬼の死体が見つかったのでは村人にいらぬ心配をさせてしまう」
そう言うと犬は、しっかりとした足取りで森へと入って行った。
鬼一の顔は引きつった。
犬の足取りは老いなどまったく感じさせなかった。
そして犬の目は、あの時の目をしていたのだ。
鬼一は振るえ始めた足に鞭を打ち、犬に続いて森へと入った。

村の女の子が犬小屋の前まで戻ってきた時、シロの姿はなかった。
「シロ、どこさ行っただ」
女の子がシロを呼んでみても、シロの姿は一向に見えない
代わりに見えたのは、森から出てきた笠を被った少年だった。
「ねぇ、ここに居た犬を見なかった?白い犬なの」
少年は首を振った。
「そう。でも見かけたら教えてね、シロはもうおじいちゃんなの」
少年が行こうとすると、女の子は振り返って言った。
「ねぇ、本当に見ていない?」
「知らないよ」
それが鬼一の人間と初めて交わした言葉だった。
鬼一が人間と初めて交わした言葉は、嘘をつくことだった。

 

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