何も嗅覚が鋭いのは犬だけの特権ではない。
鬼一はその村に辿り着くまでに三日かかった。
五年前に嗅いだきりの匂いを頼りにひたすら歩き、鬼一はその村に着いたのだ。
その村には大きな森があった。
森の入り口に奴は居たのだ。
クヌギの木の下に犬小屋があり、奴は寝そべりながら犬小屋の中に入っている。
茂ったクヌギの葉が夏の強い日差しを犬小屋から遮ってくれているようだ。
村の女の子が二人、奴の頭を交互に撫で、「じゃあね、シロ」と手を振って村の方へと去っていった。
鬼一は犬小屋に近づく。
完全に老犬だ。
躯は痩せており、目には力が無い。
そして長いまつ毛だけが、いやに目立って見えていた。
「おい」
鬼一が声をかけると犬はゆっくりと頭を上げた。
「・・・鬼の子か」
鬼は人間と会話をすることが出来る。
それは言語が同じだからだ。
しかし、鬼は動物とも話すことが出来た。
「どうして分かった?」
「匂いで分かるよ。私は犬だ」
「じゃあ、僕が何をしに来たのかも分かるのか?」
「仇討ちに来たのだろう?」
「そうだ!」
鬼一は激しく息巻いた。
しかし、そんな鬼一を見ても立ち上がろうとすらしない犬を見て鬼一は言った。
「鬼退治の英雄であるはずのお前がどうしてこんな村にいる?そんなボロイ犬小屋で死んでいくつもりか?」
犬は疲れたのか、頭を下げ地面に突っ伏した。
「なんて事はない。また、ただの犬に戻りたかったのさ」
なんてことだ!これがあの獰猛だった犬なのか?
この老犬が母の喉を食い破ったあの犬だというのか?
「見ての通り、足腰も碌に立たず折れた牙があるだけだ。戦える状態じゃない。
恨まれても仕方が無いことをしたと思っているよ。」
そうして犬は目を閉じた。