小説

『The Wolf Who Cried 2020』田仲とも(『狼少年』)

 誰かの舌打ちが聞こえた。今日はやけに警告が長い。この『遠吠え』と称される耳障りな警報は大抵三〇秒で止んだ。けれど、こうして忙しい時に限って延々と鳴り続けてくれる。そういえば過去にも何度か五分を超えて鳴ったことがあったけれど、思えばどれも僕が忙しかった時だったように思う。
 ウゥーウウ、ウゥー。
 僕のコンピューターへの嫌悪は、この誤報の回数に比例して膨らんでいく。頭脳労働であるシステム開発において、思考を寸断する甲高い音は大きな支障となるのだ。それが日に五度も六度も、となれば影響も小さくない。
ウゥー、ウゥーウウ。
「ああ、もう! うるっせえな!」
 遂に集中を切らして怒声をあげたのは僕ではない。左側に空席を一つ挟んで座る先輩だ。僕より僅かに沸点が低く、いつも僕に先んじて、僕の代わりに怒りをぶちまけてくれる。
――人間、アンドロイド、人間。
 開発室の座席は交互に配されているため、席を一つ飛ばして座っている先輩は人間だ。というよりも今、遠吠えを無視してデスクに座っている者はすべからく人間だった。
「っとにもう! 早く直しましょうよ、これ」
 先輩につられて集中が途切れた後輩も、一つ空席を挟んだ右隣の席で不満を爆発させた。
 WOLF――災害警報システム
 通称『狼』と呼ばれるそれは、ある特定の自然災害を検知し、早期に警告を発するシステムだ。
Warning――警告
 Omen―――――前兆
 Lave―――――火山岩
 Fall―――――落下
 読んで字のごとく。隕石のように降り注ぐ火山岩は目下、僕らの国で最も警戒されている災害だ。かつては地震や津波がそれに当たったというけれど、今は『天災といえば火山岩』、『火山岩といえば天災』だ。
ウゥー、ウゥーウウ。
 

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10