小説

『The Wolf Who Cried 2020』田仲とも(『狼少年』)

 そう、アンドロイドに対する恐怖など僕らの杞憂でしかない。現代のシステムエンジニアが有する、一種の職業病だ。一歩社外へと出れば、この国が人間で溢れていて、また人間のものであることくらい、すぐに知れる。氷河期の訪れのような衝撃的なトラブルで人口が激減しない限り、人形の数が僕ら人間の総数を上回ることなど、ありえないのだ。
 それでも僕らがこうして恐怖を抱いてしまっているのは、ひさしぶりの徹夜作業で奴らと夜を共にしたからだろう。深夜に見る人形達の姿は何かに憑かれているように異様で、見ようによっては人間が寝静まった時分、粛々と何らかの企てを進めているようであったのだ。
 しかも僕らに取ってはひさしぶりの深夜作業だけれど、奴らに取ってはこれが日常。僕らの知らないところで、人形達が夜な夜なキーボードを叩き続けている。そう考えるとゾッとした。
「しっかし無駄なシステムだよなー、狼って。今や遠吠えで避難するのなんて人形くらいだろ?」
「あっ、そういえば狼の障害が起こったのって、夏モデルのプラグインが発売された頃からじゃなかったでしたっけ?」
 そう言われればそうだ。あの時も今ほどではないけれど徹夜で作業し、どうにか納期を守ったのだった。そうしてようやく訪れた休日の朝、いきなり誤報の洗礼を浴びた。ひさしぶりにたっぷり眠れると思った矢先の出来事に、避難した地下シェルターで思い切り腹を立てたことを覚えている。
「夏モデルって、あれな、結局何のためのプラグインだったんだろうな?」
「どうなんでしょう? とりあえず私が作ったのはナレッジデータの追加ロジックでしたよ。フィリピンのホセ・リサールとアイルランドのマイケル・コリンズについて詳しく調べてデータ化しましたけど」
 

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