小説

『かぐや姫へ、愛を込めて』メガネ(『かぐや姫』)

「……店員に頼んで服買って、それで懐柔できたら安いものですもんね」
「いや、そ、そんな……あっ、この身体だよね? まだシュッとはしてないけど、もうちょっと待ってて。絶対痩せるから!」
「もう良いです」
 会話を重ねるたび、冷たい水が腹の底に溜まっていく気がした。もしこの男がシンデレラなら、と美月は考える。私はまるで、意地悪な継母だ。
 無言で自室に戻ろうとすると、賢治が追いすがるように声をかけた。
「あ、美月ちゃん。ちょっと待って」
「私、忙しいんで」 
「少しで良いんだ。美月ちゃんと話したい、どんなことでもいいからさ」
 撥ねつけるように振り返る。体中で苛立ちを表しているのに諦めない継父に、さらに気持ちはささくれた。
「忙しいって言ってるでしょ!」
 気付けば、持っていた通学鞄を投げつけていた。ぶつかりはしなかったが、重い音を立てて賢治の足もとに落ちた。
「数学の課題、九十七ページから百二十ページまでの練習問題と実践問題全部! 五日後の提出日までに全部やったら、一分くらいは話してあげる!」
 踵を返し、今度こそ階段を上る。腹立ち紛れにドアを閉め、ベッドに身を投げた。
 あの問題集の答えは出回っていないし、継父は文系だ。あれだけの量の偏微分と重積分なんて、そうそう解けるものではない。しかもそれだけ頑張ったとしたって一分なのだから、きっとあの男は泣きそうな気分になっているだろう。にも拘らず、どうして気分が晴れないのだろう、と美月は思った。
 乾いた唇を噛みながら、泥のように横たわる。
 ……シンデレラの継母も、こんな気持ちだったのだろうか。

***

 

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