小説

『かぐや姫へ、愛を込めて』メガネ(『かぐや姫』)

「違うよ美月ちゃん! お父さんは嬉しかったんだ! ダイエットも宿題も、分かりあえるきっかけを貰えたから……頑張れば家族になれると思えたから、だからお父さんは嬉しかったんだよ!」
 司会の男性が、慌てて彼に走り寄る。マイクを差し出すと、賢治はぺこりと頭を下げて深呼吸した。
「割り込んでしまって、ごめんなさい。でもどうしても伝えたいから……君を勘違いさせたまま悲しませたくないから、これだけは言わせてほしいんだ」
 会場の目が賢治に集まる。それに気付く様子もなく、真っ直ぐな眼差しで彼は語り始めた。
「美月ちゃん、この世で最も愛されるべき人は誰か分かるかい? お父さんはね、お母さんと結婚して、それが子供だと教えて貰ったんだ。お母さんとお父さんは、誰よりも君が大好きで大好きで、だから誰よりも君を愛して慈しんで、世界一幸せになって貰いたいんだ。冷たい言葉も僕への難題も、全部含めて美月ちゃんだよ。良いことも悪いことも全部ひっくるめて、僕たちは君を愛してるんだ。君に愛されたいからそうしてるわけじゃない。あのとき僕は、美月ちゃんが振り向いてくれなくたって構わなかった。いつかかぐや姫みたいに、遠いところに行く日が来たら……そのときちょっとだけ振り向いて、ああ悪くない日々だったかもなあ、って思ってくれたら、それだけで僕は幸せなんだよ」
 泣きやまない娘に向けて、父は柔らかく笑いかけた。
「だけどね、もしも少しでも辛いことがあったら、故郷を懐かしく思うときがやってきたら、そのときはいつでもお父さんを呼んでくれ。どんなに遠くても……例え月だったとしたって、お父さんはすぐに飛んでいくからね。なんたって君は僕たちのお姫さま。家具屋の娘のかぐや姫なんだから、なんちって」
 おどけたように首をかしげると、ようやく美月は吹き出した。先ほどまでの胸の重苦しさは消えて、青空のように澄み渡っている。
「私、初めてお父さんのオヤジギャグで笑ったよ」
 指先で涙をぬぐい、賢治に笑いかける。すると彼は背筋を伸ばし、演技がかった仕草で一礼した。
 

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