小説

『幻影団地』実川栄一郎(『むじな』『のっぺらぼう』)

 さらに5、6分歩くと、団地が見えてきた。私は、電話で教えられた建物と部屋の番号を頼りに、団地内の自治会長宅を訪ねていった。自治会長は、少し硬い表情で私を迎えてくれた。雑誌の取材と聞いて、身構えているのかもしれなかった。
「自治会長といっても、この団地には東西南北と4つの自治会がありましてね。だから、自治会長も4人いるんですよ。ここはその中の東自治会に属しているんです」
 70代半ばと思われる東自治会の会長は、私を部屋に招き入れると、テーブルの上に団地の地図を開いて説明してくれた。
 それによれば、この団地は、昭和30年代の半ばから建設がはじまり、ほぼ15年かけて現在の規模になったらしい。4階建ての建物が30棟で、1740世帯。当初は、家族向けの3DKの間取りが中心だったが、20年ほどまえから少人数世帯が増えたため、大改修をおこなって1DKや2DKの部屋を増やしたということだった。
「私たちの東自治会は、この団地の中でいちばん古くからある自治会なんですよ。だから、住人も年寄りばかりで、亡くなったり、老人ホームや子どものところへ引っ越していったりして、空き室も多いんです。こんな幽霊騒ぎが起こったのも、空き室が増えたからでしょうな」
「それで、その幽霊が出るというのは?」
「ええ、私が知っているだけでも、ここ数か月の間に5件ほど、そんな噂ばなしを聞いています。ええと、場所は、3号棟の202号室で1回、それから2号棟の105号室と5号棟の412号室でそれぞれ2回……」
 自治会長は、テーブルの地図の上で、3つの部屋がある棟の場所を指し示した。
「もっとも、幽霊といっても、そのものをはっきり見たというわけではないんですよ。この3つの部屋は、いまはみんな空き室になっているんですが、夜になると、人のいないはずの部屋に灯りがついているのを見たとか、中から人の話し声が聞こえたとか、部屋の前に見知らぬ人がぼうっと佇んでいるのを見たとか、まあ、そういった漠然とした話ばかりで……」
 自治会長は、自分でも半信半疑という思いをにじませていた。
 

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