これを幸せと呼ぶのだろうが、狸は、自分の幸せが満月にならないことを知っていた。
心は月のように満ち欠けしても、自分の心は決して月のように丸くはなれない。
ポンポコポンと、皆と一緒に満月を愛でる狸になれなかった負い目と、自分は今やっと、自分にそった暮らしをしているという誇り。
負い目が消えることもなく、誇りが消えることもないから、自分の幸せは、満月から引いて足して丁度半分。半月位が丁度いい。
そして、この幸せ半分な暮らしも、もうすぐ潮時となることを、体の異変が知らせるようになったとき、狸は、再び茂林寺の和尚のもとを訪れた。
「実は和尚さん、私の寿命はもう残り少ないようです」
「自分でそれが分かるのか?」
「はい。大体は分かります」
「道具屋も気にかけていたが、重い茶釜が負担だったのではないか?」
「そんなことはないです。ないですけど、道具屋さんはきっと、そのことで自分を責めて
しまうかもしれません。それで、またもご迷惑をおかけいたしますが、こうしてお願いに参りました」
「迷惑などとは思っておらんよ」
「ありがとうございます」
「で、今回は何をしたら良いのかね?」
「明日にでも、お告げと称して、私を引き取りに来て欲しいのです」
「それはまた急ではないか?」
「はい。早ければ早いほうが良いです」
それ以上は何も語ることなく、狸は深く頭を下げると、月明かりが照らす坂道を足早に駆け降りて行った。