ピエロはだいたいの場合機嫌良さそうににこにこしていたが、蜘蛛の糸が降りてくるときだけは別だった。
糸が動くと、皆が一様に緊張を漲らせ、蜘蛛の糸の行方を息をこらして見守る。糸が降りる先にいるぬいぐるみたちは、無言の攻防が始まる。人間に気付かれない程度に互いをどつきあい、糸に少しでも己の身体を引っかけようと腕や脚をくねらせる。その無秩序の中から見事糸に引き上げられた者は、裏切り者、さっさと捨てられろ、との呪いの念仏で門出を迎える。もし誰も糸に引っかからなかった場合には、せっかくのチャンスをふいにした虚しさを互いの罵りあいで慰める。ピエロはそんな時、毎度心を痛めたような切ない顔をして、口数が少なくなるのだった。
「お前、そんな辛気くさい顔するなよ」
「すみません。でも、皆で力を合わせていけば、糸が降りるたびに必ず誰か外に出ることができると思うんです」
「きれい事言うなよ。ここの奴らは外に出たくて必死なんだ。足引っ張ることもあるさ」
ピエロは再び傷ついた顔をした。こいつには欲がないから分からないのだろうと、私は同情しなかった。私は周囲の者に呼びかけた。
「おう、お前ら外に出たら何したい。このピエロに、私たちの外の世界への思いの強さを分かってもらおうじゃないか」
真っ先に答えたのは、不細工なマダムだった。
「まず、この流行遅れの服を取り替えてもらうわ。真っ白なワンピースも着てみたいし、リボンがいっぱいの可愛いドレスも着るつもりよ」
そんな服を着てマダムが美しく見えるかは疑問だったが、彼女はうっとりと自分の姿を思い浮かべていた。次に夢を語るのは間の抜けた風貌のロボットだ。
「美味しいものをいっぱい食べる、これに尽きるね。食べる楽しみが満たせなくて、味気ないことこの上ない」
ちなみに、彼に舌があるのか私は知らない。