小説

『ふつうの国のアリス』汐見舜一(『不思議の国のアリス』)

 別段、自分の容姿を醜いとは思っていませんが、やはり美しいとも思っていない私に、アリスなんて名前は荷が重すぎるのです。たしかに最近は、もっと、なんといいますか、『強烈』な名前の子どもたちがいると聞きますし、そういう子どもたちに比べれば、アリスなんてふつうなのかもしれませんが……。
 私は、いままで全然気にしていなかったことを、運転席と助手席に座る両親に聞いてみることにしました。
「ねぇ、お父さん、お母さん。アリスって名前、どういう意味でつけたの?」
「え? どうした急に?」
 高速道路の渋滞に巻きこまれて渋い顔をしていたお父さんが、ニッと笑ってそう聞き返してきました。
「友だちに聞かれたときに答えられるようにしたいの」
 アリスという名前の意味が説明できれば、イジメられる可能性も減るかもしれないと、私は思うのです。「あの童話から取ったんじゃないよ! ちゃんとこういう意味があるんだよ!」って説明できれば。
「ん~……意味かぁ……」
 お父さんはなかなか続きを話しません。
「もしかして、意味もなくつけたの!」私はついついどなってしまいました。
「意味ならあるわよ」と、助手席のお母さんが助け舟を出しました。
 よかった。ちゃんと意味はあるんだ……。
「忘れたけど」
 私は愕然としました。忘れた? 自分の子どもの名前の意味を忘れるなんて、そんなことあり得るのでしょうか?
「忘れたって……嘘でしょ?」
「ごめんごめん。でも、別に意味なんて知らなくても死なないでしょ?」
「そういう問題じゃないの! ねぇ、思い出してよ!」
「そんなこと言われてもねぇ……」
 

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