小説

『虫の家』荒井始(『変身』フランツ・カフカ)

 しばらくして橋は完成した。途中予算に狂いが生じたらしく、とても醜く歪んだ橋だった。
 あれから一度だけ、“兄”を見る機会があった。娘が早朝に餌の入ったバケツを持って部屋に入ろうとした時、意図せずにその姿が扉の隙間から見えたのだ。
 それは少し大きなだけの、毒々しい模様を持ったただの芋虫だった。呆気ないほど平凡な、ただの芋虫だった。
 きっと俺もあの家が内包した陰鬱さに当てられていたのだろう。
 少女が俺に鍵を渡したのは俺にこの家の狂気を取り払ってほしかったからなのだろうか。しかし俺には何も出来ない。
 橋は完成した。いや、橋はずっと前からそこにあったのだ。後は彼らが自分で外に向かって橋を渡り出すしかない。それはあの警官も同じだ。
 警官は今日もあの家を見つめ続けている。
 あの虫の家を。

 

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