小説

『きこえる』鈴木まり子(『蛇婿』)

 そのとき、エリのお腹が、ぐううと盛大な音を出した。昼から何も食べていなかったせいだ。おじいさんが、ぷっと吹き出した。そして、
「もののけでも、こんな夜更けに、追い出したら、かわいそうやな」
と言った。おばあさんは、やれやれと首をふりながらも、
「入んなさい。みそ汁、あたためてあげるから」
と言った。
 おばあさんが、野菜がごろごろ入っているみそ汁を、おわんのよそってくれた。エリはそれを、一口すすった。みそ汁が、こんなにも、おいしい食べ物だとは知らなかった。あたたかさが、五臓六腑にしみわたっていく。夢中で食べると、おばあさんが無言でもう一杯よそってくれた。
 その夜、おばあさんから借りた着物を着て、エリは床についた。朝になったら、この夢が覚めていますようにと祈りながら、目を閉じた。
 次の日、エリは、おばあさんが起き出す音で目を冷ました。考えがまとまらないまま、きびきびと朝の支度をするおばあさんを横目で見た。もう、なるようになれだ。エリは、布団を抜け出すと、おばあさんの手伝いを始めた。

 エリは、おじいさんとおばあさんの家で暮らし始めた。子どものいない二人は、エリに多くのことを聞かず、家においてくれた。二人は、エリのことを、本当の娘のようにかわいがった。
 この村には、へび神についての言い伝えがたくさんある。村のはずれにある池にすむというへび神さまは、干ばつのときに、雨を降らせてくれる、ありがたい神なのだという。ときどき、美しい男の姿をして、村に現れ、若い娘のもとに通ったという言い伝えもある。おじいさんとおばあさんは、そんな言い伝えを、エリに聞かせては、きつく言いふくんだ。あの池には、決して、近づいてはいけないと。
 エリは、ゆっくりと村の暮らしを学んでいった。今では、料理も、畑仕事も、機織りも、できる。自分の手でものを作り、体を動かして働き、エリは自分の手足の先まで、命が満ち満ちているのを感じられるようになっていった。近頃は、自分がこの村で生まれ育ったんじゃないかと錯覚するときもある。
 

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