小説

『役所のおうさま』原豊子(『裸の王様』)

 「玄関の立てつけが悪い」「減額の申請をももっと長い期間できないのか」「同居人が増えた場合はどうすればいいのか」―……気が付けば俺は、彼女と出会ってから、より一層足しげく区役所に通うようになっていた。そして、用事をなんとか作っては、市営住宅窓口へと向かう。「修繕担当の部署がございますので、そちらにおつなぎして修理の予約をされますか?」「申し訳ございません、期間のことについてはこちらの窓口で云々できるお話ではないので即答はできないのですが……今、お時間大丈夫ですか? 少しお時間頂くことにはなると思うのですが、なぜ六か月の期間で入っているのか、本部に確認をいたしましてお調べいたしましょうか?」「まず、市営住宅は他の方がご同居される場合、許可制になっておりまして、諸々お手続きをしていただいた後だいたい一か月程度審査のお時間をいただいてご同居、という形に、どうしても制度上なってしまうんですね」。俺の質問に、笑顔で、そして時には本当に申し訳なさそうな表情をしながら、彼女は対応してくれた。こんなの、普通だったら「じゃあ修繕部署におつなぎします」「制度上のことなのでこちらではわかりません」「同居は許可制になるので、申請をしてください」これで終わりだ。いや、彼女だって現代の若者なのだから、どこかでぼろが出るはずだ、そう思い俺は指導する機会をうかがってはいたものの、彼女の笑顔を前についぞその気力は失せ果てるのであった。
 勿論、だからと言ってライフワークを怠っていたわけではない。彼女は非常にまれなケースで、役所はやはり礼を欠いた職員が多い。市営住宅窓口を訪れたその足で他の窓口へと出向き、彼らへの叱責は忘れなかった。

「菅内様、非常に申し訳ないんですが~、あのう、一つよろしいですか?」
 俺が八代さんと出会って、二か月が過ぎた。数日前に梅雨が始まり、役所の窓にはぼたぼたと雨粒がたたきつけている。
「ここにですね、サインを~、もう一ついただけませんか?」
 市民課の窓口、いつもなじんだ顔の三十半ばの男性職員。最近、彼のへりくだった態度が、妙に鼻についていた。今まで、へりくだってくる者に対しては、当たり前だとイライラすることはなかった。だが、ここのところどうも、わざとらしさを感じてしまい、つい怒鳴りたい衝動に駆られるのだ。八代さんなら、こうではないのに……その思いが、いつも募ってしまう。
「ん」
 言い方なのだろうか、はたまた表情なのだろうか。首をひねりながらも、面倒なのでサインをしてエレベーターへと向かう。背後で、「ありがとうございます!」と大仰に男が頭を下げた。いい歳して、こちらが心地よい加減がわからないのだろうか。
 いらいらしていても仕方がないので、気持ちを静めるために市営住宅窓口へと向かう。八代さんに「あ、こんにちは、今日はいかがされましたか?」なんて、笑顔で迎えてもらおう。なんて言ったって、今日はちゃんとあそこでやることがあるのだ。減額の期間が、今月で切れる。そのための、再申請だ。
 

1 2 3 4 5 6 7