小説

『役所のおうさま』原豊子(『裸の王様』)

 こちらが一瞬黙ったのをいいことに、男性職員が一気に謝罪の言葉を畳み掛けてくる。女も、頭を下げ続けた。その姿に、なんとなく興ざめして、ここらへんにしておいてやるかと思い、手続きにうつることにする。今日はここだけではなくもう一つ、市営住宅窓口にもいかなければならない。
 そこから五分程度で手続きを終わらせ、「本当に次からは気を付けろよ」と言い残し憤然とパイプ椅子をける。窓口の背後、茶色いソファに腰かけていた老人が、こちらの様子をうかがっている気配を体中に感じつつ、エレベーターへと乗り込んだ。
 市営住宅の窓口に最後に行ったのは去年の十二月、家賃減額の手続きをしに行った時だ。その時は、今まで何度も顔を合わせたことのある男性職員が、びくびくしながら対応していたっけ。あのおどおどした態度も気に食わないと言えば気に食わない。だって、こちらはそっちの態度が人として礼儀を欠いているから、言ってやっているだけなのだ。勘違いされては困る。
 もうひと吠えしてやるか、そう思い一階の市営住宅窓口に近づいたとき、ふと中にいる職員に「おや」と思う。二人とも、新しい顔だった。そして、片方、おじさんはどうでもいい。もう片方、二十代前半の御嬢さんと言ってもおかしくないほどの子が、ぱっと目に入った。若いだけなら毎年入ってくる新人がいるのでさほど珍しくはない。だが、驚いたのは、彼女の容姿―……なにやら書類の処理をしているのだろうか、カウンターに座って一生懸命になっているその顔が、可愛かったのである。
「こんにちわー」
 そして、ふらふらと歩いて行った俺を見つけると、ニコッと笑い立ち上がった。書類をわきによけ、「どうぞおかけください」と片手でパイプ椅子を指し示す。ふむ、第一印象は、合格だ。役所の人間というのはたいてい、座っていたら客が来ても椅子から立とうとしないが、この子は素早かった。だが、この程度なら人として当然のこと。可愛いからと言って、礼儀がなっていなかったら即、教育し直してやる。最近の若い、ぎゃあぎゃあと道端で騒ぐような女は嫌いだ。
「家賃減額ができてるか、確かめたいんだけど」
 俺が座るのを見届けてから、着席すると、彼女はにっこりとほほ笑んだまま俺の言葉を待っていた。
「かしこまりました、失礼ですが、お名前とどこ団地の何棟の何号かお教えいただけますか?」
「三島団地の三棟の二○一」
「ありがとうございます。少々おまちくださいませ」

 

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