小説

『生贄は不要』広都悠里(『みにくいあひるの子』)

「別にしたいことなんてないし」
 奥二重の目が細くなり鋭くなる。笑いを含んでいないそのまなざしにあたしは自分が値踏みされているような気がした。
「したいことがないなんて、青春真っ暗だねー」
 ふざけた口調の割にちっとも笑っていない目で、人差し指を突き立ててくるくる回す。
「気を付けた方がいいよー、退屈は人を殺すからね」
 はっと胸の真ん中をつかれた気がした。黙って後ずさり、速足でその場から逃げたのはあたしの中のくすぶった気持ちをすこんと言い当てられたような気がしたからだ。
 そうか。あたしの心がどんより灰色なのは死んでいるからなのか。その死んでいるはずの心がざわざわとあの男を探す。なぜ?わからない。見つけてどうする?どうもしないけど。
 でも確かめたい。何年何組の誰なのか、どういう人なのか。
 用事があるふりをして、三年の教室が並ぶ廊下を通り、人が通ればその中にいないかと目を凝らす。
「ち、どこにもいない」
 渡り廊下を通り未練がましく体育館の方に目をやる。
「あっ」
 体育館の窓にへばりつくようにしているあの男、もしかしたらそうなんじゃない?しかし何をしているんだ。あれじゃあどう見ても覗きじゃないか。もしかして好きな女の子でも見ているのかな、だとしたら弱点発見、舌なめずりするような気持ちでそうっと近づいた。
「何か用?」
 あと五歩、というところで振り向きもせず背中が言った。
「やっぱすげーな、オオイシミナト」
「は?」
「しらねーの?オオイシミナト、超有名人なのに」
「あー、バレー部の」
「飛び上がった時にはだれがどう動くか予想して、どこにどんなふうに叩きこめばいいのかわかるんだな。コンマ何秒で動いてそこまで計算して狙い通りにできるってすげーよな」
 あたしのことなんてまるで気に留めていない。
「がんばれよ、オオイシ」
 窓から離れてふらふら歩き出す。
「オオイシミナトさんのことが好きなんですか?」
 少し大きめの声で言ってやった。怒るか、無視されるかだなと予想したのに、立ち止まって振り返ってひゃはははは、と笑った。
「オオイシ、男だよ?」
「だから、そういう趣味なんでしょう?」
 意地悪な気持ちをこめたのに「同じクラスだけどそういう目でみたことないなあ」と真顔で首をひねった。何なの、変な人。他人の感情や行動を裏読みするのは得意な方だと思っていたけど、この人は全然読めない。しかし、情報は向こうから飛び込んできた。収穫あり。我が校で一番の有名人バレー部のエース、オオイシミナトと同じクラスということは三年二組だ。
「えーと、もしかして、きみ、オオイシのことが好きなの?」
「は?」
 ああ、そうか。この人はあたしのことを覚えていないんだ。そうだよね、中庭ですれ違った程度の下級生のことなんていちいち覚えているわけがない。少しほっとした。そんなあたしの顔を見ていたずらっぽく笑う。とたんに目の鋭さが消えて顔が幼くなった。
「青春真っ暗、退屈女」
 油断したあたしの心に突き立てるように人差し指を立ててくるくる回す。恥ずかしさと怒りで目の前が赤く見えた。

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